症例6の解説

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  頻脈発作時の心電図は、心拍数136/分のQRS間隔が狭い頻脈で、心室群波形は洞調律時のそれに類似し、いわゆる上室性頻拍 (paroxysmal supraventricular tachycardia, PSVT) と考えられる。上室性頻拍には、異所性頻拍とリエントリー性頻拍とがある。前者は過敏な異所中枢の興奮によって起こり、後者は興奮旋回路(リエントリー回路)を興奮が旋回することによりおこる。上室頻拍の原因としては、興奮旋回によるものが圧倒的に多い。

 一般に,リエントリ性上室性頻拍では、頻拍の種類(機序)とP波形およびその出現位置との間には密接な関係があり、発作時心電図の観察からその種類(成因)を推察できる場合がある。 

A:房室結節内リエントリー
、B:副伝導路を用いるリエントリー、
C:洞結節内リエントリー、
D:心房内リエントリー、
E〜H:これらのリエントリー回路

 房室結節内リエントリー性頻拍 (A-V nodal reentrant tachycardia) では、リエントリー回路(興奮旋回路)が短いため、逆伝導性P波はQRS波と重なって認め得ないか、あるいはQRS波の直後に出現する。
 副伝導路をリエントリー性回路の一部として用いる上室性頻拍は房室性回帰性頻拍(atrioventricular reentrant tachycardia)と呼ばれ、リエントリー回路が長いため、逆伝導性P波はQRS波から離れて出現する。
 洞結節内リエントリー性頻拍
では、洞リズムに似たP波がQRS波の前に出現する。
 心房内リエントリー性頻拍
では、変形したP波がQRS波の前に出現する。

 本例の頻脈発作時心電図では、逆伝導性P波がST部とT波の移行部に認められ、RP間隔が長いことから副伝導路が関与する房室リエントリー性頻拍が最も考え易い。上室頻拍の正確な診断のためには心臓建機生理学的検査が必要である。下図は、本例に実施した心臓電気生理学的検査の記録である。

本例の心臓電気生理学的検査

 この図では第3心拍のT波の頂点に単一電気刺激を加えることにより、上室頻拍が誘発されている。この際の心房興奮順序は、右房下部(ヒス束)が最も早く興奮し、次いで高位右房が興奮し、左房興奮(肺動脈内電位)が最も遅い。これらの所見から、右房・右室間に副伝導路(Kent束)があることが診断される。


 然るに、本例の非発作時心電図はWPW症候群に特有のデルタ波を示さず、従ってPR間隔短縮、QRS間隔延長などの特徴的心電図所見を認めない副伝導路があり、上室性頻拍を起こすが、非発作時心電図に典型的なWPW型心電図所見を示さない例がある。このような現象が認められる機序 としては、「心房→心室方向には興奮を伝えず、心室→心房方向のみに興奮を伝える一方向性伝導の性質を示す副伝導路の存在が考えられている。このような副伝導路を有する例を「潜在性WPW症候群 (concealed WPW syndrome)」と呼ぶ。潜在性WPW症候群の頻度は割合多く、下村はいろんな原因による発作性上室頻拍の機序 として下記の頻度をあげている。
種類 例数
顕性WPW症候群 37 30.1
潜在性WPW症候群 46 37.4
房室結節内回帰性頻拍 32 26.0
洞結節内または心房内回帰性頻拍 4 3.3
自動能亢進 4 3.3
123 100.0

 以上から、本例の頻脈発作は潜在性WPW症候群による房室回帰性頻拍と診断される。

U.本例の頻脈発作に対する治療

(1)頻拍発作の停止:
 A) 迷走神経刺激
  i) 機械的迷走神経刺激療法
   @ 頸動脈洞マッサージ:最初は右方に試み、無効の際は左方に試みる。両側同時圧迫は行わない。
   A 眼球圧迫:最初は右方に試み、無効の際は左方に試みる。
   B Valsalva操作:声門を閉じて息を呼出させる。
   C Muller操作:声門を閉じて息を吸い込ませる。
   D その他:頸の後屈、嘔吐運動、水を張った洗面器に顔面をつけて長く我慢させる。
  ii)薬物学的迷走神経刺激療法:ジギタリス剤(dスラノシド゙ 0.4mg静注、無効なら4時間間隔で
   1〜2回追加静注。
 B) 抗不整脈薬静注
    i) ベラパミル:5〜10mgを5分かけて緩徐に静注する。
    ii) ATP:5〜10mgを3秒以内に急速静注する。
    iii) プロカインアミド:500mg+20%糖液20mlを5分かけて緩徐に静注する。
   iv) ジルチアゼム:10〜20mgを3分かけて緩徐に静注する。
    v) ジソピラミド:1.5〜2.0mg/kg/分静注。
   vi) シベンゾリン:1.5mg/kg/分/5分静注。
  vii) アプリンジン:1.5〜2.0mg/kg10分静注。
 C)経口抗不整脈薬単回投与
  ピルジカニド 100〜200mg, フレカイニド 150〜250mg, または シベンゾリン 200mgなどを
  使用する。薬剤使用量は、年齢、全身状態に応じて適宜減量。    
(2)頻拍発作の再発防止(根治療法): 最近は心臓電気生理学的検査法により、頻脈発作の原因となる興奮旋回路あるいは異所性過敏中枢などの部位を明らかにすることが出来るようになり、その部を電極カテーテルを用いて高周波電流を通電し、生じた熱により病因部位を焼灼する方法が普及し、危険も少なく、成功率が高いため第1選択の治療法となった。顕在性ないし潜在性WPW症候群では、副伝導路の位置を明らかにし、この部位を高周波通電により焼灼する。この方法はカテーテル焼灼法(catheter ablation)と呼ばれ、成功率は90%以上であり、一旦、成功すると、もはや頻脈発作は出現しなくなる。


 V.本例に見られた右側胸部誘導におけるR波増大を右室肥大と診断して良いか? もし、そうでないとすると、どのように診断するべきか? 

 右側胸部誘導でR波増大を来す病態としては次のようなものがあり、これらの可能性について一つ一つ鑑別して行くことが必要である。
     1) 右室肥大
     2) 高位後壁梗塞
     3) 右脚ブロック
     4) WPW症候群(A型)
     5) 肥大型心筋症
     6) 心臓長軸周りの反時針式回転
     7) 左脚中隔枝ブロック

T.右室肥大:本例では次の諸理由で右室肥大を除外できる。
  1) 右室肥大を起こす基礎疾患がない。肺機能も正常である。
  2) QRS軸の右軸偏位、右房負荷、左側胸部誘導での深いS波などの右室肥大を支持する他の所見を認めない。
  3) 心エコー図、201-タリウム心筋シンチグラフィーで、右室肥大所見を認めない。

 下図は、本例の201-タリウム心筋シンチグラフィー所見を示す。放射活性の右室への取り込み増加を認めない。

  4) 本例では右心カテーテル検査を行ったが、右心系の圧(mmHg)はすべて正常であった。
部位 収縮期圧 拡張期圧 平均圧
肺動脈幹 18 7 10
右室 18 0〜3 -
右房 - - 2.0

 U.高位後壁梗塞:次の理由により高位後壁梗塞は除外できる。
   1) 心筋梗塞の病歴がない。
   2) 心筋梗塞の危険因子がない。
   3) 高位後壁梗塞は、下壁あるいは側壁梗塞に合併する場合が多いが、本例の心電図にはそのような所見はない。
   4) 高位後壁梗塞の際のV1,2誘導の心室群は、高いR波の他に、ST低下,鋭く尖った高い陽性T波(陽性冠性T波)などの典型的梗塞心電図(異常Q波、ST上昇、冠性T波)の裏返し所見(reciprocal changes)を示すが、本例にはそのような所見はない。

 V.右脚ブロック、WPW症候群:これらに特有の心電図所見を認めない。

 W.肥大型心筋症:肥大型心筋症では、しばしば心室中隔の非対称性肥大をおこし、右側胸部誘導で高いR波を示す場合がある。しかし、本例では、心エコー図において肥大型心筋症の所見を認めない。また、QRS波の高電圧や肥大型ST-T変化などの肥大心電図所見を認めない。

 V.心臓長軸周りの反時針式回転:これが最も除外困難であるが、本例では胸郭変形を認めず、胸郭内、肺、胸膜、心臓などに著しい心臓長軸周りの反時針式回転を起こす原因となるような異常を認めない。

 Y.左脚中隔枝ブロック (left septal fascicular blcok,  LSFB)
 左室伝導系は形態学的には扇状分布を示す。しかし、Durrerらはヒト摘出灌流心臓標本を用いて左室興奮伝播過程を検討し、左室前壁中隔近傍部(左脚前枝群)、心室中隔左室面中央部(中隔枝群)および左室後壁の心室中隔近傍部(左脚後枝群)の心内膜面の3カ所から同時に興奮が始まることを指摘しており、機能的には左脚前枝・後枝・中隔枝群の3枝系と考えて良いと思われる。
 下図は、左脚中隔枝ブロックの際に、V1でR波の増大が出現する機序を示す。左脚前枝、後枝および中隔枝群は、それぞれ末梢Purkinje系で密なnetworkを形成しており、中隔枝ブロックが生じると、前枝および後枝から中隔枝支配領域に興奮が伝達される。中隔枝は、心室中隔左室面において、前乳頭筋と後乳頭筋の間を通って心室中隔下部および心尖部に分布する。中隔枝ブロックが生じると、下図に示すように、中隔枝支配領域心筋は前枝および後枝からのインパルスにより興奮し、その心起電力ベクトルは心尖部方向、すなわち前方に向かうため、左前胸部誘導(V1,2)でR波の増大を示す。

 Rosenbaumの左脚前枝ヘミブロックおよび後枝ヘミブロックは、身体前後軸の周りの回転で、前額面誘導で左軸偏位ないし右軸偏位として表現されるが、左脚中隔枝ブロックでは心臓長軸周りの回転異常として、横断面(胸部誘導)で前方起電力増大(V1,2のR波増大)として表現される。

 W.右側胸部誘導でのR波増大所見に対する対応
 左脚中隔枝ブロックがあっても、前枝および後枝からのインパルスにより中隔枝支配領域心筋は興奮し、心機能障害を生じない。しかし、広範な左室心筋障害が生じている可能性があるため、基礎疾患(高血圧、糖尿病、虚血性心臓病など)の治療を行うと共に、例え自覚症状が無くとも半年〜1年に一度の心電図検査を行い、経過を観察することが必要である。

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