「心起電力ベクトルの方向と心電図波形との関係」タイトル

心電図目次へ 次へ

 肢誘導心電図(標準肢誘導、単極肢誘導)は、立体的に変動する心起電力ベクトルの前額面(前面)への投影であり、また単極胸部誘導心電図はその横断面(水平面)への投影であると考えられる。心起電力ベクトルは時々刻々と変化しているが、ある時点の心起電力ベクトル(以下、ベクトルと記載)とある誘導で記録される心電図波形との間には一定の関係がある。このことを理解しておくことは、心電図診断の最も基本的な重要な事項である。

1.双極誘導軸、ベクトルの方向とその誘導で記録される心電図波形との関係

 心電図は2個の電極間の電位差の経時変化曲線である。双極誘導というのは、標準肢誘導(T、U、V誘導)のように、心起電力の影響がほぼ同程度と考えられるような部位に置いた2個の電極間の誘導である。一般に、双極誘導の誘導軸は2つの電極の装着部位を結んだ線であると考えることが出来る。
 下図は双極誘導軸、ベクトルの方向とこの誘導で得られる心電図波形との関係を示す。標準肢誘導の誘導軸については、T誘導では左手が(+)、右手が(−);U誘導では左足が(+)、右手が(−);V誘導では左足が(+)、左手が(−)と国際的に規定されている。
 下図に示すように、ベクトルが双極誘導軸の(+)側に向かう際には陽性波を描き(A図)、(−)側に近づく際には陰性波を描く(B図)。又、ベクトルが誘導軸に平行に進むときには陽性波と陰性波の振幅がほぼ等しい移行帯の波形を描く(C図)。このことは重要で、肢誘導心電図(標準肢誘導,aV誘導)を見る際には、どの誘導が移行帯波形を示すかを観察することにより、前額面における心起電力ベクトルの方向を推定できる。すなわち、移行帯波形を示す誘導の誘導軸と直交する方向に心起電力ベクトルが向かうと考えることが出来る。

総局誘導軸におけるベクトルの方向と心電図波形との関係

2.単極誘導軸、ベクトルの方向とその誘導で記録される心電図波形との関係

 単極誘導の誘導軸は、電極装着部位と心臓の電気的中心を結んだ線であり、その極性は電極装着部位が(+)である。心臓の電気的中心とは、この場合はWilsonの結合電極を意味している。Wilsonの結合電極とは、左手、右手、左足を高い抵抗を介して一点に集めた点であり、この部の電位はキルヒホフ(Kirchihoff)の第1法則に従って0(ゼロ)と見なすことが出来る。しかし、Wilson電極の電位は厳密にはゼロでなく、ある程度の電位を持っている。したがって、単極誘導といっても実際上は各電極装着部位と結合電極(Wilson電極)との間の双極誘導であるとも考えられる。心臓の電気的中心は、各人により若干異なるが、一般的には左室の中央部近辺にあると考えられる。

 下図は、ベクトルの方向、単極誘導の電極位置と、 この誘導で記録される単極誘導心電図波形との関係を示す。ベクトルが単極誘導の電極部位に近づく際には陽性波、遠ざかる際には陰性波、誘導軸と直交する際には陽性波と陰性波の振幅がほぼ等しい移行帯波形を示す。このことは重要で、胸部誘導のある誘導点で記録した心電図が移行帯波形を示す場合は、水平面図における心起電力ベクトルの方向は、その誘導軸と直交する方向に向かうことを意味している。

単極誘導におけるベクトルの方向と心電図波形との関係

3.心電図波形から各投影面におけるベクトルの方向を推定する方法

 心電図診断を行う際には、心起電力ベクトル(QRSベクトル、Tベクトルなど)の方向を知ることは、単に軸偏位の診断のみならず、一般的に極めて重要なことである。以下、QRSベクトルについて説明する。 

1) 前額面(前面図)におけるQRSベクトルの方向を知る方法 

 6個の肢誘導(標準肢誘導および単極肢誘導)のQRS波を見て、どの誘導にQRS波の陽性波と陰性波の振幅が等しい波が認められるかを探す。一般に、陽性波と陰性波との振幅が等しい波形を移行帯波形といい、このような波形が記録される誘導を移行帯(transitional zone) と呼ぶ。すなわち、ベクトルの方向を知るためには、どの誘導に移行帯波形が認められるかを知ることが大切である。前額面におけるQRSベクトルの方向は、6個の肢誘導の内、移行帯波形が認められた誘導の誘導軸と直行する方向に向かうと考えられる。

 例えば、弟3誘導にQRS波の移行帯波形が認められた場合、QRSベクトルは弟3誘導の誘導軸と垂直な方向、すなわち−30度の方向に向かうと考える。この際、誘導軸と垂直な方向の角度は、Baileyの六軸座標系(下図)を用いて判断する。

六軸座標系(Bailey)

 丁度、陽性波と陰性波との振幅が等しい誘導が内場合は、どの誘導が最も移行帯波形に近いかを判断して、大体の方向を推定する。

 Tベクトルについても同様にしてベクトルjの方向を定めることが出来る。このようにして、前額面におけるQRSベクトルおよびTベクトルの方向を定めることが出来れば、両ベクトルのなす角度が、前額面におけるQRSーTベクトル夾角となる。

2)水平面(横断面)におけるQRSベクトルの方向を知る方法

 6個の単極胸部誘導のQRS波形の内、どの誘導が最もQRS波の陽性波と陰性波の振幅が等しいかを見る。そして、このような波形(移行帯波形)を示す誘導軸と垂直な方向に本例のQRSベクトルが向かうと判定することができる。丁度、移行帯波形をしjめすゆうどうが内場合は、どの誘導が最も移行帯波形に近いかを見る。横断面におけるQRSベクトルの方向は、移行帯波形を示す胸部誘導軸と垂直な方向に向かっている。

 この際、各胸部誘導軸の方向としては、下図のような胸部誘導軸を用いる。これらの中ではSimonsonらの胸部誘導軸は多数例の統計学的検討結果に基づいているが、その数値が複雑で、臨床上利用しがたい。他方、Chou らの胸部誘導軸は、簡単で利用しやすい。

胸部誘導軸(Simonson) 胸部誘導軸(Chou,Helm)
Simonsonらの胸部誘導軸 Chouらの胸部誘導軸

4.標準誘導心電図から心起電力ベクトルの方向を推定する簡易法

 もっと簡単に標準12誘導心電図から心起電力ベクトルの方向を推定するには次のような方法を用いる。

左右方向 弟1,V5,6誘導で波形が陽性であれば、
心起電力ベクトルは左方に向かい、
陰性であれば右方に向かうと判断する。
上下方向 弟2,弟3,aVF誘導で波形が陽性であれば、
心起電力ベクトルは下方に向かい、
陰性であれば上方に向かうと判断する。
前後方向 V1,2で波形が陽性であれば、
心起電力ベクトルは前方に向かい、
陰性であれば後方に向かうと判断する。

5.例示

以下、高血圧例の心電図について、心起電力ベクトルの方向を定める方法を検証してみることとする。

高血圧症例の標準誘導心電図
高血圧、68歳、女性

 上図において、肢誘導の移行帯に最も近い波形が第3誘導に認められるが、この誘導では陽性波が陰性波より少し大きい。従って、本例の全面図におけるQRSベクトルの方向は第3誘導の誘導軸の方向(+30度)より少し+側にあると考えられ、おおよそ+35度くらいと推定される。 6個の肢誘導におけるT波の移行帯は、やはり第3誘導に認められる(この誘導で最も平坦である)。そのため、全面図におけるTベクトルの方向は+30度の方向に向かう。従って、前面図においてはQRSーTベクトル夾角の拡大はない。

 上図の胸部誘導心電図において、移行帯波形に最も近い誘導はV4であるが、この誘導では陰性相が陽性相よりもやや大きい。従って、本例の水平面図におけるQRSベクトルの方向はV4の誘導軸に垂直な方向で、それよりも少し後方に偏っていると判断される。これをChou らの誘導軸に当てはめると、V4の誘導軸に垂直な方向は−30度であるから、本例の水平面図QRSベクトルの方向は−40度前後と推定できる。
 他方、V1-6のT波についてみると、移行帯波形(最も平坦な波形)はV3に認められる。V3の誘導軸に垂直な方向は−15度であるから、本例の水平面図におけるQRS-Tベクトル夾角は30度であると推定される。

 あるいは、もっと簡単に、本例のQRSベクトルは、第1誘導で陽性であるから左方に向かい,aVFで陽性であるから下方に向かい、V1で陰性であるから後方に向かう。すなわち、本例のQRSベクトルは左後下方に向かうと判定される。Tベクトルについては、第1誘導では陰性であるから右方に向かい、aVFでは軽度陰性であるから上方に向かい、V1では陽性であるから前方に向かう。すなわち、本例のTベクトルは右前上方に向かうと判定される。

「心起電力ベクトルの方向と心電図波形との関係」end この頁の最初へ