第3章 標準12誘導の誘導軸

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4.ベクトル心電図と心電図の相関へ

1.Einthovenの正三角形模型 
 心電図学の創始者 Einthovenは、心電図誘導法として標準肢誘導法を提唱すると共に、有名な正三角形模型の考え方を導入した。標準肢誘導では右手、左手、左足に電極を置くが、実は胴体という容積導体内に心臓という電源があるため、手足は単に胴体から出た導線の役割を果たしているに過ぎず、手足に置いた電極は、実は、手足の躯幹への付着部に電極を置いたのと同様の意義を有する。Einthovenは、左手、右手、左足の躯幹への付着部を結合すると近似的に正三角形を形成し、この正三角形の中心に心臓があり、ここから心起電力ベクトルが出ていると考え、彼の有名な正三角形模型理論を提唱した。この右手、左手、左足の躯幹付着部を結んで出来る三角形については、正三角形と考えるよりも、二等辺三角形や不等辺三角形 (Buerger三角形)と考えた方がよいとの意見もあるが、近似的には正三角形とみなすことができる。

 下図は Einthovenの正三角形を示す。

 

 下図はEinthovenの正三角形模型とBuergerの三角形を対比して示す。

左:Einthoveの正三角形模型、 右:Buergerの三角形

 正三角形模型理論では、正三角形の中心に心臓の電気的中心があり、ここを始点として心起電力ベクトルが出ており、標準肢誘導の各誘導(T、U,V誘導)で記録される心電図波形は、この心起電力ベクトルの正三角形各辺への投影であると考えることが出来る。

 2.正三角形模型と三軸座標系
 このように標準肢誘導で記録される心電図波形は、正三角形の中心に一端を置いた心起電力ベクトルの各辺への投影であると考えることが出来るため、正三角形の各辺を正三角形の中心に平行移動しても誘導軸としての意義は変わらない。したがって、Einthovenの正三角形は、下図のように互いに60度の角度を持つ三軸座標に置き換えることが出来る 〔Baileyの三軸座標系 (triaxial reference system)〕。 この際、これらの各軸の極性は、国際的な規約に従い、T誘導では左手が正(+)、右手が負(-)となり;U誘導では左足が(+)、右手が(ー);V誘導では左足が(+)、左手が(ー)となる。

 心臓電気軸を診断する方法には作図法と目測法がある。通常は目測法によるが、作図法により電気軸を定める際には、この三軸座標を用いて心臓電気軸を求める。

3.単極肢誘導の誘導軸
  標準肢誘導軸がEinthovenの正三角形を形成することは上述の如くで、標準肢誘導で記録された心電図波形は、立体的心起電力ベクトルのこれらの誘導軸(正三角形の各辺)への投影であると考えることが出来る。他方、aV誘導においては、不関電極(遠隔電極)をGolberger電極に置き、他方の電極(関電極、近接電極)を各肢に置く。Goldberger電極とは、四肢の単極誘導を記録する際に、Wilsonの中央電極(結合電極)から、その肢にきている電極への結合を外したもので、近似的にその電位はゼロであると見なすことが出来る。Wilsonの中央電極とは、各肢に装着した電極を高い抵抗を介して1点に結合したものである。この点の電位は Kirchhoffの第一法則にしたがって0(ゼロ)と考えることが出来る。 そのため、aV誘導では、その肢の電位変化を純粋に記録できるとして、増大単極肢誘導(augmented unipolar limb leads)という名称が用いられている。しかし、厳密にはWilsonの中央電極およびGoldberger電極の電位はゼロではなく、ある程度の電位を有する。

 下図は左手の単極肢誘導を例にとって、Wilsonの単極肢誘導(V誘導)とGoldbergerの単極肢誘導(aV誘導、aV誘導)を示す。

A:Wilsonの単極肢誘導法、 B:GoldbergerのaV誘導法

 単極肢誘導で記録される心電図は、電気的ゼロ点(Goldberger電極)と各肢との間の電圧変化を記録したものである。この際、正三角形模型理論によると、電気的ゼロ点とは、正三角形の中心である。各肢は正三角形の頂点であるから、aV誘導の誘導軸は、正三角形の各頂点と正三角形の中心を結んだ線であると考えることが出来る。したがって単極肢誘導 (Goldberger誘導,aV誘導)の誘導軸は、標準肢誘導と同様に、下図に示すように互いに60度の角度で開く三軸座標系(aV誘導の三軸座標系)を形成する。この際、これらの誘導軸の極性は、各肢の電極装着部(正三角形の各頂点)が正(+)であり、正三角形の中心が負(−)である。

4.肢誘導軸(標準肢誘導、単極肢誘導)と六軸座標系
 標準肢誘導の三軸座標系と単極肢誘導の三軸座標系を重ね合わすと、互いに30度の角度で開いた下図のような六軸座標系 (hexaxial reference system)を構成することが出来る(Bailey)。標準肢誘導および単極肢誘導で記録された心電図波形は、立体的心起電力ベクトルの前額面(前面図)成分を六軸座標系に投影したものであると考えることが出来る。

5.単極胸部誘導軸
 単極胸部誘導の誘導軸は、心臓の電気的中心と胸郭周囲の電極装着部位を結んだ線である。この際、誘導軸の極性は電極装着部位が(+)、心臓の電気的中心が(−)となる。SimonsonおよびChouは、それぞれ胸部誘導軸を下図の如く示している。両者共にV2が前方、V6が左方から心起電力ベクトルを眺める誘導であるとする点では一致している。
 下図は、Simonsonが発表した胸部誘導軸を示す。

Simonsonの単極胸部誘導軸

 下図は,Chouが発表した胸部誘導軸を示す。

Chouの単極胸部誘導軸

7.標準12誘導の意義 
 上述したように、標準肢誘導(T、U、V誘導)および単極肢誘導(aVR,aVL,aVF)は、共に前額面(前面図)に投影された立体的心起電力ベクトルを異なった角度から眺める誘導であり、単極胸部誘導は横断面(水平面)に投影された立体的心起電力を異なった角度から眺める誘導である。従って、標準12誘導法は、立体的心起電力を前額面(前面)および横断面(水平面)に投影された成分から、その立体的特徴を把握する誘導法であるため合理的であると考えられるが、各誘導間に情報の重なりが著しく多い(情報の冗長性)。

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