第2章 ベクトル心電図誘導法

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3. 標準12誘導の誘導軸へ

1. ベクトル心電図誘導法 

 心臓は立体的構造物であるから、当然、その興奮により生じる心起電力も立体的に変動する。このような立体的心起電力を把握するために、種々の誘導法が考案された。最も単純な誘導法としては、電極を心臓の影響を出来るだけ受けないように心臓から遠く離れた場所に置き、左右(X軸)、上下(Y軸)および前後(Z軸)の心臓起電力成分を取り出せるように、下図のように正六面体(cube)の隅に相当するところに電極を置く方法が用いられた。このような誘導法をcube systemと呼ぶ。Cube systemの最も代表的な誘導法は下図に示す木村誘導法およびGrishman誘導法である。興味深いことは、これらの誘導法では電極を正六面体の全く対称的な位置に置いているにもかかわらず、記録されるベクトル心電図は基本的には極めて類似した特徴的所見を示す。


ベクトル心電図誘導法(cube system)
Grishman誘導 木村誘導

 しかし、電極を解剖学的に直交軸成分に沿って配置したからといって、以下の諸理由により真の心臓起電力の直交軸成分(X、Y、Z成分)を取り出せるわけではない。
  1) 心臓は胸郭内という限られた空間内に存在すること(身体は均質な無限導体ではない)、
  2) 胸郭内の心臓を取り巻く組織の電気伝導性が均一でなく、ことに肺は電気伝導性が著しく悪い空気を保有していること、
  3) 心臓は胸郭内の中心に位置しておらず、左前方に偏位して存在していること。

 そのため、ヒト胴体模型を用いて、上記のような原因による胸郭内電位分布の歪みを補正する方法が検討された。物理学者のFrankは、下図のように抵抗網を組み合わせて電気的に歪みを補正し、心臓起電力の真の直交軸成分を取り出す誘導法を発表した。この誘導法は補正直交軸誘導(corrected orthogonal lead system)と呼ばれ、その代表的なものが、下図に示すFrank誘導法である。補正直交軸誘導法としては、Frank誘導以外にも,Schmitt (SVEC-V法)、McFee法、豊嶋法、高安法などの諸種の誘導法が提案された。これらの中では、Frank誘導法が最も広く用いられている。 

補正直交軸誘導法(Frank誘導)

 補正直交軸誘導法では、抵抗網を組み合わせることによって、心臓の局所的電位の影響を出来るだけ受け難いように配慮されている。

2.ベクトル心電図構成スカラー心電図

 ベクトル心電図誘導法では、通常、直交3軸座標系を用い、心起電力のの左右(X軸)、上下(Y軸)および前後(Z)軸成分を用いる。これらのX、YおよびZ誘導の3誘導の内、X、Y誘導からベクトル心電図前面図; Y、Z誘導から側面図; X、Z誘導から水平面図ベクトル環を合成する。これらのX、Y、Z誘導は、通常の心電図と同様に、大きさ(振幅)のみがあり、方向がないため「スカラー心電図 (scalar electrocardiogram)」と呼ばれる。標準12誘導心電図もスカラー心電図に属する。ベクトル心電図誘導法で記録されたX、Y、Z誘導はベクトル心電図構成スカラー心電図と呼ばれる。

 ベクトル心電図構成スカラー心電図は、心臓の局所的な起電力の影響を除外するために,心臓から離れた部位に電極を置いて記録され、かつ3誘導のみであるにもかかわらず、単極胸部誘導を含む標準12誘導心電図と同程度の心臓起電力情報を持っており、さらに これらに基づいて合成されたベクトル心電図は、直交3軸成分の位相差を表現するため、標準12誘導心電図からは診断できないような心臓の病態を診断できる場合が多い。

 このことは、逆に標準誘導心電図、ことに単極胸部誘導心電図でさえも、電極直下の心臓の局所的電位変化を記録しているのではなく、容積導体内にある心臓起電力の胸部誘導軸への投影を記録しているに過ぎず、実は「単極」ではなく、Wilsonの中央電極(この点の電位は決してゼロではない)と胸郭表面に置いた電極との間の双極誘導に過ぎないことを示している。このような考えに立つと、最近、不整脈の成因として一部の研究者により その臨床的有用性が指摘されている「QT dispersion(QT間隔の分散)」の概念は基礎からその根拠を失うことになる。

3.構成スカラー心電図からのベクトル心電図の合成

 下図は、ベクトル心電図構成スカラー心電図(X、Y、Z誘導心電図)とベクトル心電図との関係を示す。X、Y誘導心電図からベクトル心電図前面図; X、Z誘導心電図からベクトル心電図水平面図が合成される。この図には示されていないが、同様にY、Z誘導心電図からベクトル心電図水平面図が合成される。

構成スカラー心電図からのベクトル心電図の合成

 下表は、ベクトル心電図の各投影面図とそれを構成するスカラー心電図を示す。

ベクトル心電図 構成スカラー心電図
前面図 X誘導、Y誘導
側面図 Y誘導,Z誘導
水平面図 X誘導、Z誘導

4.標準誘導心電図、ベクトル心電図構成スカラー心電図およびベクトル心電図の相互関係

 上述のようにベクトル心電図は構成スカラー心電図で作られるが、構成スカラー心電図は標準誘導心電図と無関係ではない。下図は、正常例におけるベクトル心電図(A)、標準誘導心電図(B)および構成スカラー誘導心電図(C)を示す。 

正常ベクトル心電図

 下図は、上のベクトル心電図と同一例の標準12誘導心電図である。

上と同一例の標準誘導心電図

下図は、上と同一例のベクトル心電図構成スカラー心電図である。

上図と同一例のベクトル心電図構成スカラー心電図

 標準12誘導心電図と構成スカラー心電図波形を比べると、X誘導心電図はT誘導、V6誘導心電図波形に類似していることが分かる。同様にY誘導心電図はaVF、(U、V)誘導心電図に類似し、Z誘導心電図波形はV1,2誘導心電図波形に類似している。 したがって、これらの標準12誘導心電図波形を観察することにより、立体的な心起電力の特性を把握することが可能である。ベクトル心電図構成スカラー心電図は、心起電力の立体的構成要素であるため、X、Y、Z誘導の3誘導の心電図波形を観察することにより、標準12誘導心電図とほぼ同一精度で諸種の病態の心電図診断を行うことが出来る。

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