第4章 ベクトル心電図と心電図との相関

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肢誘導心電図(標準肢誘導、単極肢誘導)は、立体的心起電力の前額面(前面)への投影であり、また単極胸部誘導心電図は立体的心起電力の横断面(水平面)への投影であると考えられるため、心電図とベクトル心電図との間には密接な関係がある。標準12誘導心電図から心電図診断を行う際には、各誘導の心電図波形変化のみに着目することなく、12誘導心電図を総合的に判断して心起電力ベクトルの立体的特徴を把握するように努めなくてはならない。そのためには、ベクトルの方向と心電図波形との相互関係、ベクトル環と標準12誘導の各誘導の心電図波形との相互関係などについて理解しておくことが必要である。

1.双極誘導軸、ベクトルの方向とその誘導で記録される心電図波形との関係

 心電図は2個の電極間の電位差の経時変化曲線である。双極誘導というのは、標準肢誘導(T、U、V誘導)のように、心起電力の影響がほぼ同程度と考えられるような位置に置いた2つの電極間の誘導である。一般に、双極誘導の誘導軸は2つの電極の装着部位を結んだ線であると考えることが出来る。
 下図は双極誘導軸、ベクトルの方向とこの誘導で得られる心電図波形との関係を示す。標準肢誘導の誘導軸については、T誘導では左手が(+)、右手が(−);U誘導では左足が(+)、右手が(−);V誘導では左足が(+)、左手が(−)と国際的に規定されている。
 下図に示すように、ベクトルが双極誘導軸の(+)側に向かう際には陽性波を描き(A図)、(−)側に近づく際には陰性波を描く(B図)。又、ベクトルが誘導軸に平行に進むときには陽性波と陰性波の振幅がほぼ等しい移行帯の波形を描く(C図)。このことは重要で、肢誘導心電図(標準肢誘導,aV誘導)を見る際には、どの誘導が移行帯波形を示すかを観察することにより、前額面における心起電力ベクトルの方向を推定できる。すなわち、移行帯波形を示す誘導の誘導軸と直交する方向に心起電力ベクトルが向かうと考えることが出来る。

2.単極誘導軸、ベクトルの方向とその誘導で記録される心電図波形との関係

 単極誘導の誘導軸は、電極装着部位と心臓の電気的中心を結んだ線であり、その極性は電極装着部位が(+)である。心臓の電気的中心とは、この場合はWilsonの結合電極を意味している。Wilsonの結合電極とは、左手、右手、左足を高い抵抗を介して一点に集めた点であり、この部の電位はキルヒホフ(Kirchihoff)の第1法則に従って0(ゼロ)と見なすことが出来る。しかし、Wilson電極の電位は厳密にはゼロでなく、ある程度の電位を持っている.
従って、単極誘導といっても実際上は各電極装着部位と結合電極(Wilson電極)との間の双極誘導であるとも考えられる。心臓の電気的中心は、各人により若干異なるが、一般的には左室の中央部近辺にあると考えられる。

 下図は、ベクトルの方向、単極誘導の電極位置と、 この誘導で記録される単極誘導心電図波形との関係を示す。ベクトルが単極誘導の電極部位に近づく際には陽性波、遠ざかる際には陰性波、誘導軸と直交する際には陽性波と陰性波の振幅がほぼ等しい移行帯波形を示す。このことは重要で、胸部誘導のある誘導点で記録した心電図が移行帯波形を示す場合は、水平面図における心起電力ベクトルの方向は、その誘導軸と直交する方向に向かうことを意味している。

3.肢誘導心電図波形とベクトル心電図前面図との関係

 肢誘導心電図(標準肢誘導、単極肢誘導)は、立体的心起電力ベクトルの前額面への投影であるから、これらの誘導の心電図波形とベクトル心電図前面図とは密接な相関がある。下図にベクトル心電図前面図と肢誘導心電図との関係を示す。これらの関係を理解するには、六軸座標系における該当した誘導軸にベクトル環を投影したものが、その誘導で記録された心電図であると考えると理解しやすい。

肢誘導心電図(標準肢誘導、aV誘導)とベクトル心電図前面図との関係

 以下、ベクトル心電図と心電図との関係をaVF誘導を例にとって説明する。先ずQRS環起始部は上方に向かい、aVF誘導の(+)軸から遠ざかるために振幅が低い陰性波(q波)が描かれる。その後は、QRS環は時針式に回転して全て下方区画に描かれている。これをaVF誘導軸に投影すると、全てが この誘導軸の(+)側に投影されるため、aVFではq波に続いて大きい振幅のR波が描かれる。ST部は基線上にあるため、ベクトル心電図では原点に止まり、QRS環は閉鎖してclosed loopを作る。もし著明なST偏位があれば、QRS環終末部は原点に帰らず、原点から離れたところでT環に移行しopen QRS loopとなる。QRS環終末部がT環に移行する点とベクトル心電図原点とを結んだ線ががSTベクトル(あるいはJベクトル)である。正常例でも拡大率を上げてベクトル心電図を記録すると、高率にSTベクトルを認めることが出来る。


 正常例でのSTベクトルは左前下方に向かうが、冠不全などの際の心筋傷害によるSTベクトルは右方に向かう。ベクトル心電図T環は左下方に向かい、aVF誘導軸に投影するとその(+)側に向かうため,aVFでは陽性T波が記録される。上図のベクトル心電図では、QRS最大ベクトルとT最大ベクトルとはほぼ同方向に向かい、QRS−Tベクトル夾角の拡大はない。

 以上の説明は,aVF誘導についてであるが、他の誘導についても同様に考えることができ、ベクトル心電図前面図と肢誘導心電図波形との間には密接な相関がある。

4.単極胸部誘導心電図波形とベクトル心電図水平面図との相関

 単極胸部誘導心電図の誘導軸は、胸郭表面に置いた電極装着部位と心臓の電気的中心を結んだ線であるから、単極胸部誘導心電図波形は、立体的心起電力ベクトルの横断面(水平面)における変化を反映する。下図に胸部誘導V1で記録された心電図波形とベクトル心電図水平面図との関係を示す。

V1で記録された心電図波形と
ベクトル心電図水平面図との関係

 V1の誘導軸の極性は電極装着部位(胸郭表面)が(+)で、心臓の中心(この場合はベクトル心電図の原点)を挟んで反対側が(−)になる。水平面図QRS環は先ずV1誘導軸の(+)側に向かうため、V1では初期陽性波(R波)が描かれる。次いで、QRS環は左方に向かい、さらに左後方に向かう。これらのベクトル環をV1の誘導軸に投影すると、その(−)側に投影される。そのためV1では深いS波が記録される。心電図QRS波およびベクトル心電図QRS環上に1〜3と印してある時点は対応している。T環はV1誘導軸の(−)側に投影されるため、V1では陰性T波が描かれる。

 下図はベクトル心電図水平面図と胸部誘導心電図との相関を示す。上記のV1の場合と同様に考えて、V2-6についてもその波形とベクトル心電図水平面図との間には密接な相関がある。

胸部誘導心電図とベクトル心電図水平面図との相関

5.ベクトル心電図側面図と食道誘導心電図との相関

 以上のようにベクトル心電図前面図と肢誘導心電図とが相関し、水平面図と胸部誘導心電図が相関するが、それではベクトル心電図側面図はどのような誘導と相関するのであろうか?Grishaman、Sherlisはベクトル心電図側面図は、下図に示すように単極食道誘導心電図と相関することを指摘している。

ベクトル心電図側面図と
単極食道誘導心電図との相関

まとめ: 
肢誘導心電図はベクトル心電図前面図、胸部誘導心電図はベクトル心電図水平面図と密接に相関する。直交軸座標系において、2つの投影面成分が分かれば立体的な心起電力情報を正確に把握できるため、標準12誘導法は心起電力を立体的に把握するのに必要な情報を持っているが、各誘導間の情報の重畳が著しく多く、立体的心起電力情報の表示方法としては必ずしも適当でない。

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