第13章 両脚ブロックのベクトル心電図

トップ頁へ 心電図トップ頁へ
ベクトル心電図目次へ 14.心筋梗塞へ

1.両脚ブロックの概念
 Rosenbaumらは、左室伝導系は前枝および後枝の2枝からなるとし、房室伝導系は下図のように考えられることを指摘した。

 房室伝導系の模型図と障害部位

 A:房室結節(田原結節)、
 B:ヒス束、
 C:右脚、    D:左脚主幹、
 E:左脚後枝、 F:左脚前枝

 A,Bの部位で興奮伝導が途絶すると完全房室ブロックが起こる。C+Dでも完全房室ブロックが起こる。E+Fでは完全左脚ブロックが起こる。 従って、両脚ブロックは、C+F(完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック)、またはC+E(完全右脚ブロック+左脚後枝ブロック)の際に心電図ないしベクトル心電図診断が可能となる。また、C+F(完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック)あるいはC+E(完全右脚ブロック+左脚後枝ブロック)の所見を示していた例が、心室収縮脱落を伴うようになった場合には、心室内伝導系を構成する3本の脚枝(fascicles)である右脚、左脚前枝および左脚後枝のすべてが障害されたと考えられ、このような状態を三枝ブロック (intraventricular trifasicular block)と診断する。

 従って、両脚ブロック (bilateral bundle branch block, BBBB)とは, 右脚と何れかの左脚分枝(前枝,後枝、中隔枝)における興奮伝導が障害された状態をいう。

2.完全右脚ブロック兼左脚前枝ブロックのベクトル心電図
 完全右脚ブロック兼左脚前枝ブロックの際のベクトル心電図の特徴的所見は下記の如くである。
 水平面図:QRS環は小さく、起始部は前方(左または右方)に出て反時針式または時針式に回転し、左後(または前)方にあるQRS環主部に移行する。QRS環求心脚は著しい刻時点の密集を示し、終末部は右前方区画にある。
 左側面図:QRS環起始部は前下方に出て、主部は著しく垂直上方に描かれる。QRS環求心脚(復帰部)は刻時点の密集を示しつつ前上方から原点に帰る。
 前面図:QRS環起始部は左下方に出て反時針式に回り、著しく垂直上方にあるQRS環主部に移行する。QRS環求心脚は刻時点の密集を示し、終末部は右上方にある。
 STベクトル:open QRS loopを示し、右後下方に向かうSTベクトルを作る。
 T環:最大Tベクトルは右後下方に向かう。

3.完全右脚ブロック兼左脚前枝ブロックのベクトル心電図の実例
 下図は完全右脚ブロック兼左脚前枝ブロック(高血圧、69歳、男性)の心電図の1例である。QRS間隔は0.16秒で完全脚ブロックがある。肢誘導QRS軸は著しい左軸偏位を示す(QRS軸<−45度)(左脚前枝ブロック)。V1のQRS波はrsR′型を示し、右側胸部誘導(V1)での心室興奮時間の遅延があり、完全右脚ブロックが合併している。左側胸部誘導(V5,6)でS波の幅が広い。V5−7で深いS波を認める所見は心臓長軸周りの時針式回転の表現ではなく、QRS軸の著しい左軸偏位の結果、これらの誘導では著しく挙上したQRS環終期ベクトルを見送るためである。RT+SV=3.1mVと高電圧を示し、左室肥大が合併している。aVL、V5,6でST低下がある(冠不全)。
 心電図診断:両脚ブロック(完全右脚ブロック兼左脚前枝ブロック)、左室肥大、冠不全。

両脚ブロック(完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック)の心電図

 下図は本例のベクトル心電図である。水平面図でQRS環主部は正常と同様に反時針式に描かれるが、終末部は著しい刻時点の密集を示して右前方にあり、完全右脚ブロックの所見を示す。前面図QRS環は反時針式に回転し、QRS環全体として著しく上方に挙上し、求心脚に刻時点密集が見られ、上方から原点に帰る。
 ベクトル心電図診断:両脚ブロック(右脚ブロック兼左脚前枝ブロック)

両脚ブロック(完全右脚ブロック兼左脚前枝ブロック)のベクトル心電図

 下図は完全右脚ブロック兼左脚前枝ブロックの標準誘導心電図である。QRS間隔は0.15秒と延長し(完全脚ブロック)、V1のQRS波がrR′型を示し、完全右脚ブロックの所見を示す。肢誘導ではQRS軸は著しい左軸偏位(<−45度)を示し、左脚前枝ブロックがある。V5,6でS波が深いのは心臓長軸周りの時針式回転の表現ではなく、QRSベクトルの著しい挙上のためである。
 心電図診断:完全右脚ブロック兼左脚前枝ブロック

完全右脚ブロック兼左脚前枝ブロックの心電図 (虚血性心疾患、50歳、男性)

 下図は、上図と同一例のベクトル心電図である。水平面図QRS環は時針式に回って前方に描かれており、QRS環終末部には著しい刻時点の密集がある(右脚ブロック、B型)。前、側面図でQRS環は反時針式に回って著しく上方に挙上し(左脚前枝ブロック)、終末部に著明な刻時点の密集がある。
 ベクトル心電図診断:両脚ブロック(右脚ブロック兼左脚前枝ブロック)。

完全右脚ブロック兼左脚前枝ブロックのベクトル心電図 (虚血性心臓病、50歳、男性)

4.完全右脚ブロック兼左脚後枝ブロックの心電図とベクトル心電図所見
 下図は完全右脚ブロック兼左脚後枝ブロック例の標準誘導心電図である。QRS間隔は0.16秒と延長し(完全脚ブロック)、V1のQRS波はrR′型を示す。T、V5,6誘導のS波の幅が広くスラーを伴う(完全右脚ブロック)。肢誘導でQRS軸は著しい右軸偏位を示す(+120度)(左脚後枝ブロック)。なお、本例は経過中に突然死した。
 心電図診断:両脚ブロック(完全右脚ブロック兼左脚後枝ブロック)
 

両脚ブロック(完全右脚ブロック兼左脚後枝ブロック)

 完全右脚ブロック兼左脚後枝ブロックのベクトル心電図所見
 完全右脚ブロック兼左脚後枝ブロックの際には、水平面図に右脚ブロックの特徴的所見が認められる。水平面図QRS環は反時針式回転(A群)または時針式に回転し(B群)、QRS環終末部は右前方にあって、著しい刻時点の密集を示す(右脚ブロック)。前面図では最大QRSベクトルは右下方に向かい、QRS環主部も右方区画に含まれる面積が著しく増大する(左脚後枝ブロック)。

5.三枝ブロック (intraventricular trifascicular block)
 完全三枝ブロックの際には、心電図は完全房室ブロック(第3度房室ブロック)の所見を示すため、三枝ブロックの診断を下すことはできない。この際、ヒス束電位図法によりH-V間隔の延長を認めた場合は、三枝ブロックの状態にあることが間接的に推察される。臨床心電図においては、不完全三枝ブロック状態にある際にはその診断が可能である。下図にそのような心電図の一例を示す。

不完全三枝ブロック(incomplete trifascicular block)

 心電図所見
 .PP間隔は0.86秒(心房頻度 70/分)で規則的に出現している(正常洞調律)。心室群には異なった波形の2種類がある(A,B)。 Aの波形を示す心室群の前にはPR間隔 0.16秒でQRS波に先行するP波があるため、洞性興奮が伝達した心室群である。この心室群のQRS間隔は0.20秒と著明に拡大し(完全脚ブロック)、T誘導ではS波の幅が広く、スラーを伴っており、完全右脚ブロックと診断される。また、この心室群(A)は著しい左軸偏位を示し(左脚前枝ブロック)、V誘導のS波の振幅が17mmに達しており、左室肥大が合併している。 Bと印した心室群はP波と一定の時間的関係を認めないため、洞性興奮ではなく異所性心室群と考えられる(心室性補充収縮)。

 この心電図は、基本的には「正常洞調律、左室肥大、両脚ブロック(完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック)」の所見を示していたものが、間欠的に左脚後枝ブロックを起こして完全三枝ブロックとなり、心室収縮が脱落して異所性心室中枢からの補充調律が出現した状態であると考えられる。 

 このような状態を「間欠的三枝ブロック (intermittent trifascicular block)」と呼び、完全房室ブロックないしアダムス・ストークス症候群に移行し易い危険な不整脈であると考えられる。

 この頁の最初へ