5.突然死の原因とその対策

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 「死」の考え方が最近は随分変化し、臓器移植との関連で「脳死」という新しい「死」の概念に社会的関心が集まっています。ここで述べるのは、「呼吸と循環の停止」を伴う従来からの概念の「死」についてです。

 長い病気の末、枯れ木が倒れるように生命を終える場合には、家族にも「肉親の死」に対する心構えが出来ていると思いますが、予期しない時期に突然 死亡した場合は、本人の人生がその時点で突然中断されることは勿論ですが、家族や知人の方々も予期しないことに愕然とすると思います。

 場合によっては一家の中心である人を突然失い、家族が途方に暮れる場合もあるのではないかと思います。このような事が一国の政治的指導者に起これば、その国の政治、場合によっては世界的な大問題に発展することもないとは言えません。

 このように突然死(急死)は個人にとってのみならず、社会的にも大変重要な問題を含んでいますが、その頻度は比較的多く、私どもの周囲に日常的に起こっています。従って、本項では突然死(急死)の原因、頻度、病態、予防などについての最近の考え方を紹介します。 

1.「死」とは
 「死」には、従来からの「心臓死」と最近問題となっている「脳死」とがあります。脳死とは脳幹の死であり、脳死状態に陥ると、もはや「帰らざる点(point of no return)」を越えているため、もはや生命を快復する事はないとされています。脳死と植物状態とは異なっています。両者の関係を下図に示します。

脳死_植物状態
A:脳の解剖、B:全脳死、C:脳死、D:植物状態。
脳死は脳幹の死である。植物状態では脳幹は死んでいない。

 従来から考えられていた「死」である「心臓死」では、呼吸停止と循環停止が出現し、これが数分以上持続すると、脳が非可逆的に障害され、死亡すると考えられてきました。この循環停止には次の図に示すように@心室細動とA心停止とがあります。

 下図Aは正常心電図で、心筋の興奮を示す心電図波形が規則的に出現しています。B図は心室細動で、A図に見られたような規則的な波は出現せず、心電図の基線が不規則に動揺しています。このような状態になりますと心室筋のまとまった収縮が無くなるため、心拍出量はゼロとなり、当然、脳にも血液が流れ込みませんから、このような状態が数分以上続きますと、脳は非可逆的傷害を受けて最早快復することが出来ません。
 
 C図では心室の興奮は全く見られず、心電図は平坦になっています。このような状態が心停止 (cardiac standstill) と呼ばれる状態です。循環停止(circulatory arrest) と心停止とは似通った紛らわしい言葉ですが、循環停止というのは心拍出量がゼロになった状態であり、心臓停止とは心臓の興奮が全く認められない状態です。

心室細動_心停止ecg
 A: 正常心電図、
 B:心室性期外収縮を引き金として起こった
   心室細動、
 C:心室停止(小さくて分かりにくいが心房興奮
   を表すP波は規則的に出現している。

 2.急死とは? 突然死とは?
 厚生省研究班では、「急死とは外傷などによらない死亡で、症状が出現してから24時間以内に死亡した場合」を「急死」と定めています。この中で、特に症状出現後、数分以内に死亡した場合を「突然死」といいます。世界保健機構(WHO)もほぼ同様の見解を発表しています。

 3.急死の死因
 東京都医務監察院の急死例(1,085例)の剖検による検討結果は次の表のようになっています。すなわち、心臓・血管系統の病気が全急死例の89%を占めています。

基礎疾患 例数 %
心臓性急死 722 66.5
大動脈瘤破裂 84 7.7
肺動脈血栓 11 1.0
脳血管系疾患 148 13.6
消化器系疾患 82 7.6
呼吸器系疾患 38 3.5
1085 100
東京都医務監察院による急死例の基礎疾患
(剖検例 1085例)

  このように、急死の基礎疾患としては循環器系統の疾患が大部分(約90%)を占めますので、東京都医務監察院が行った心臓病が原因となって急死した心臓性急死例 (剖検例、733例) の基礎疾患についての検討成績を下表に示します。虚血性心疾患および肥大型心筋症が多く見られています。

/ 40歳未満 40〜64歳 65歳以上
/ 例数(%) 例数(%) 例数(%) 例数(%)
虚血性心臓病 36(28.8) 292(79.6) 217(94.3) 545(75.5)
急性心筋梗塞 4(1.8) 22(6.0) 23(10.0) 49(6/8)
非梗塞性虚血心 29(23.2) 165(45.0) 109(46.0) 303(42.0)
慢性心筋梗塞 3(2.4) 105(28.6) 85(37.0) 193(26.7)
肥大型心筋症 7(5.6) 41(11.7) 10(4.3) 58(8.0)
炎症性心疾患 2(1.6) 6(1.6) 3(1.3) 11(1.5)
その他の心疾患 80(64.0) 28(7.6) 0 108(15.0)
その他 3(2.4) 0 0 3(0.4)
青壮年急死症候群 58(46.4) 28(7.0) 0 86(11.9)
乳幼児突然死症候群 19(15.2) 0 0 19(2.6)
125(100) 367(100) 230(100) 732(100)
心臓性急死例の死因(東京都医務監察院、剖検例、733例)

4.突然死の季節変動と日内変動
 心臓性突然死には明らかな季節変動(A)と日内変動(B)が認められます。A図にみるように、心臓突然死は冬に多く,夏に少ないという季節変動が認められます。

突然死季節変動
突然死の季節による変動 
 (*p<0.05, **p<0,01)

 また、一日中について言えば、6〜8時および18〜20時に多い二峰性パターンを示します(下図)。

突然死日内変動
突然死の日内変動(*p<0.05, **p<0,01)

 5.年齢層による心臓性急死の基礎病態の特異性
 心臓性急死の基礎疾患には各年齢層により下表のような特徴があります。乳児突然死症候群(SIDS、sudden infant death syndrome)については後に詳しく述べます。QT延長症候群についても後述しますが、心電図のQT間隔延長を特徴とした突然死を起こしやすい病態です。

 最近、その原因として心筋細胞のイオンチャネルをコードする遺伝子の異常が原因であることが明らかになりました。Brugada症候群というのは、1992年、Brugadaらにより提唱された徴候群で、東南アジア地区に多く(世界各地にある)、我が国では従来、ポックリ病という名前で知られていた病態で、青壮年の男性に好発し、夜間睡眠中にうなり声を出して急死する症候群です。

 最近、その本態として心筋細胞膜のNaチャネルを支配する遺伝子(SCN5A)の異常がその成因であることが明らかになりました。Brugada症候群は、原因不明の「特発性心室細動」の最も頻度が多い原因疾患であると考えられています。特発性心筋症とは、原因不明の心筋疾患で肥大型は遺伝子異常、拡張型はウイルス感染などの関与が考えられています。

年齢層 疾患名
乳児期 乳児突然死症候群
幼児期 先天性心疾患、遺伝性QT延長症候群
思春期、青年期 Brugada症候群(ポックリ病、青壮年急死症候群)
青年期、壮年期 Brugada症候群、特発性心筋症
壮年期,高年期 虚血性心臓病(心筋梗塞など)
急死の基礎病態の年齢層による特異性

  8. いろんな状態および基礎疾患の際の急死
  急死(突然死)の原因として循環器疾患(心臓・血管系疾患)が大切であることが明らかになったため、これらの内、重要ないくつかの基礎病態ないし基礎疾患における急死について詳しく述べます。これらについての詳しく知りたい方はクリックして下さい。
 

 運動中の急死
 学童の急死
 乳幼児突然死症候群 
 ポックリ病(青壮年急死症候群)
 特発性心筋症
 僧帽弁逸脱症候群
 睡眠時無呼吸症候群
 遺伝性QT延長症候群
 Brugada症候群
10  急性心筋梗塞症

 以上

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