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1.新生児期に記録した心電図のQT間隔延長と乳幼児突然死症候群との関連
ある時期、乳幼児の発育に、睡眠時体位として「うつぶせ」体位を取らせる方が好影響があるとの考えが台頭し、このような体位を取らせることが流行した時期があったが、このような体位が乳幼児の鼻孔を圧迫し、それが乳幼児突然死症候群(SIDS)の原因として関与しているのではないかと反省が生じた。また、母親が乳児を添い寝させる際に,母体の乳房が乳児の鼻孔を圧迫して、窒息の原因となるのではないかとの考えが重視されたこともある。
しかし、近年、脳幹の呼吸中枢の機能に個体差があり、未熟児などではこれが未発達であるために、睡眠時に呼吸機能の活動が不十分となり、SIDSを発症するに至るとの説が有力となってきた。
近年、遺伝子異常が致死的不整脈を惹起して、突然死の原因となる場合が多くあることが明らかとなり、先天性QT延長症候群、Brugada症候群、その他の多くの遺伝性不整脈の存在が明らかとなってきた。このような時代的背景をもとに、乳幼児突然死症候群の中にもこれらの致死的遺伝性不整脈に基づく例が含まれているのではないかとの観点から種々の研究が行われた。
その結果、SIDSと考えられる症例の中にも先天性QT延長症候群やBrugada症候群に属すると思われる例が多くあることが明らかとなってきた。
2.生後3,4日に心電図を記録した33,034名の新生児のQT間隔と生後1年間におけるSIDS出現率との関係
(Schwartz PJ et al:New Eng J Med1998;338,1709-13)
Schwartzらは、33,034名の新生児において生後3,4日目に心電図を記録し、1年間経過観察を行い、34例の死亡例を認めたが、内24例はSIDSに属し(0.073%)、10霊位はSIDS以外の原因による死亡例であった。そのため、33,034例のうち、生存例、SIDSによる死亡例、SIDS以外の原因による死亡例の3群に分け、これらの3群のQTc間隔を計測し、下表および下図に示すような成績を得た。すなわち、生存群のQTc間隔とSIDS以外の原因による死亡群のQTc間隔との間には差を認めなかったが、SIDSに夜死亡群ではQTc間隔の延長を認めた。
生後1年間におけるSIDSの頻度と各群のQTc間隔 |
Schwartz PJ et al:New Eng J Med1998;338,1709-13 |
下図は、生存例、SID以外の原因による死亡例およびSIDSによる死亡例のQTc間隔の比較を示す。
生存例、SIDS以外の死亡例およびSIDSによる死亡例におけるQTc間隔 |
Schwartz PJ et al:New Eng J Med1998;338,1709-13 |
これらの研究成績から、Schwartzらは、下記のような研究成績を示している。
1.出生直後の最初の1週のQT間隔延長はSIDS発症とは強く関連する。
2.SIDSによる死亡例のほとんどは、生後2−3カ月以内に生じる。
3.これらのSIDS死亡例には、先天性QT延長症候群の家族歴はない。
4.新生児のQTcの正常上界は男女ともに440mscである。
5.QTcは生後2カ月間に増加し、第6月目に出生時の値に復する。これはSIDSが生後1か月以内には少なく、生後3−4カ月に最も多いとの統計的事実と一致する。
3.症例紹介
生後、44日で乳幼児突然死危急事態に陥った生後44日の乳児例を以下に紹介する。
症例;生後44日、男児
臨床的事項:従来、全く健康であったが、突然、心停止状態となったために病院に急送され、心電図検査の結果、下図のごとく心室細動が確認された。本例の両親の心電図ではQT間隔の延長は認めなかった。
遺伝子解析:遺伝子解析の結果、SCN5Aの変異を認めた。下図は心室細動発作時の心電図である。
心室細動発作時の心電図 |
そのため、直ちに直流ショック療法を行い、下図左のように洞リズムに復帰したが、Torsade de poites型心室頻拍を数回繰り返し、しばしば心室細動に移行した。完全に洞リズムに復帰後の心電図ではQTc間隔は0.648秒と著明な延長を示した。
洞リズム復帰直後の心電図 | 3年後の心電図 |
洞リズム復帰後は、propranolol 4mg/kg, メキシレチン 10mg/kgによる治療を行った。上図右は発作後3年目の心電図である。不整脈発作は見られなくなったが、QTc間隔は510mscと著明に延長している。
4.乳幼児におけるQT間隔延長群がQT間隔正常群に対するSIDSに対する危険度
Schwartzらは、上記の研究において、乳幼児におけるQT間隔延長群のQT間隔正常群に対するSIDSに対する危険度を下表のごとく示している。
QT延長群のQT正常群に対するSIDSの危険度 |
Schwartz PJ et al:New Eng J Med1998;338,1709-13 |
上の表で、QTc延長群のQTc正常群に対するSIDSの相対危険度(Odds比)は41.3となっているが、この値は男女を含めた全例について検討して得た値であり、男児のみについての検討では46.9との成績であった。
なお、従来からSIDSの原因として指摘されている腹臥位、妊娠中の妊婦の喫煙、母親の添い寝などの上記odds比は、QTc延長のそれに比べて著しく低いとの成績を得ている。
5.一部の新生児でQT間隔延長が認められる機序
上記のように、新生児の中には生直後3,4日に記録した心電図においてQT間隔延長が認められ、これらの例ではSIDSのリスクが、QT間隔正常児に比べて高いことが示されている。ではなぜ、これらの例でQT間隔延長が認められるのであろうか?この点に関し、Schwartz らは、下記のような2つの考えを示している。
1)交感神経支配の不安定性
心臓交感神経支配は、生後も発達を続け、6カ月で機能的に完成するが、左右の交感神経が異なる速度で発達すると、一時的に有害な不均衡を生じ、電気的不安定性が不整脈発作を生じる。このような特性を持つ乳児にはことに最初の1年間は過敏な状態にあり、SIDSの危険が高い。
2)遺伝的異常
一部のSIDS例は先天性QT延長症候群のvariant(散発例、低浸透例)で、遺伝子SCN5A変異が認められている。