第3例 Brugada型心電図 (coved type)

心電図トップへ 第4例へ

第3例:53歳、男性
主訴:心悸亢進
病歴:健康診断で不整脈を指摘されたため近医を受診し、2か月前から抗不整脈薬であるプロパフェノン(Vaughan Williams分類Tc群)450mg/日の投与を受け、心悸亢進などの自覚症状はよくなりましたが、心電図異常があるため、精査のため外来を受診しました。
現症:脈拍数 82/分、整、硬化(−)。血圧 110/70mmHg。心音 純、呼吸音 正 常。心不全症状(−)。
主要検査所見:尿、末梢血:正常。  胸部X線写真:心形態、肺野に異常を認めず、心胸郭比 50%。 
血液化学:肝機能、腎機能:正常。空腹時血糖 106mg/dl。  
心音図:クリック症候群、軽度の僧帽弁閉鎖不全雑音および三尖弁閉鎖不全雑音を聞く。  
心エコー図:極めて軽度の三尖弁逆流を認める。心筋の局所運動動態に異常を認めない。%FSは47%で、心機能は良好である。 
下図に本例の来院時心電図を示す。

典型的なcoved typeのBrugada型心電図

心電図所見:
 正常洞調律で、QRS軸は著しい左軸偏位を示し左脚前枝ブロックがあります。QRS間隔は0.13秒と広く、V1,2の幅広いR′波,aVRの幅広いlate R波、V6の幅広いS波など、右脚ブロックを思わせる所見を認めます(完全右脚ブロック)。しかし、V1,2のR′波は幅が広く、斜めに直線的に下降して陰性T波に移行し、通常見る完全右脚ブロックとは著しく異なった所見を示しています。 

 また、V3にも著しいST上昇を認めます。V1-3は同時記録ですから、V3の上昇したST部に相当する部分は、V1,2ではR′波に相当します。このV1,2の著しく上昇したST部が斜めに急峻に下降して陰性T波に移行する所見は極めて特徴的であり、「coved pattern」 (cove=渓谷)と呼ばれます。渓谷の両岸が急峻に地表から深く切れ込んで谷を作る所見に似ているためにこのように呼ばれるようになりました

 このような心電図所見は、かなり古くから知られており, Osher、Wolff (1953)は「急性心筋傷害と紛らわしい心電図所見」という表題でAmerican Journal of Medical Science誌上に発表しています。私たちも、本例を「V1,2で著しいST上昇を示した右脚ブロックの53歳、男性」として、1990年、臨床と研究誌上に発表しました(森 博愛ら:臨床と研究67:873-877,1990)。

  Osherおよび森らの例は、心室細動や失神発作などの重篤な臨床症状ないし所見を伴っておらず、諸種の検査でも循環器系に何らの異常を認めませんでした。そのため、本例に認められた「右側胸部誘導における著明なST上昇」を心室早期再分極 (ventricuar early repolarization)によると考え、予後的にはそれほど重篤な病態であるとは考えませんでした。

 ところが、森らの発表の2年後,1992年に Brugadaら は、一過性心室細動あるいは反復する失神発作などの「突然死」の前駆的所見を示し、非発作時にOsher、森らの報告例と同様の心電図所見を示す例を報告し、これが突然死の原因として重要である特発性心室細動の重要な基礎病態であることを発表しました。


 
Brugadaらがあげたこれらの例の安静時心電図の特徴は次の3所見です。
   1) 右脚ブロック、
   2) 右側胸部誘導(V1,2)での著しいST上昇、
   3) 正常QTc間隔。

  Brugadaらは、これらの例に、心エコー図、冠動脈造影、左室造影、右室造影、心内膜心筋生検、エルゴノビン負荷試験(冠動脈攣縮誘発試験)、心筋シンチグラフィーなどの諸検査を実施し、何れの検査でも何らの異常を認めず、臨床心臓電気生理学的検査では心室の電気刺激で 自然発作時に類似した心室性不整脈を誘発出来たことを発表しました。

 このBrugadaらの発表以来、これらの特徴的心電図所見を示す例は「Brugada症候群」と呼ばれ、突然死の原因となる特発性心室細動の重要な(最も頻度が高い)基礎疾患であると考えられるようになりました。因みに、このようなBrugada型心電図を示す例は、我が国では欧米諸国に比べて多く認められます。従来から、青壮年期の男性に好発し、夜間に「うめき声」をあげて急死する病態が我が国では多く見られ、「ポックリ病」あるいは「青壮年急死症候群」などと呼ばれていたのが、実は本庄であることが明らかとなったわけです。

 その後、Chenら(1998)は、Brugada症候群の症例の中には遺伝性が認められる例があり、このような遺伝性Brugada 症候群において、心筋細胞のNaチャネルをコードする遺伝子(SCN5A)に異常がある例が多く認められることを明らかにしました。そのため、Brugada症候群は「先天性QT延長症候群」と共にイオンチャネル病の一種であることを明らかとなり、分子レベルの異常が重篤な不整脈を起こすとして広く関心を集めるようになりました。

 Brugada症候群の心電図には、下図に示すような2つのtypeがあります。

  (1) coved type (A)
  (2) saddle-back type (B)

Brugada型心電図の2型(左:coved,右:saddleback)

 (1)が(2)よりも心室細動発作を起こす危険が高いと考えられています。しかし、これらのtypeは絶対的なものではなく、自律神経機能、諸種薬物の影響、あるいは自然経過中にしばしば変動し、相互に移行する場合が少なくありません。saddle-back型というのは、上昇したST部の中央が上方凹のくぼみを示し、あたかも馬の鞍のような外観を示すために このように名付けられました。 

 Brugada型心電図は、自律神経機能および諸種薬剤の影響を受けて心電図波形が著しく変動しますが、ことに抗不整脈薬により強く影響を受けることが知られています。 Ta群およびTc群抗不整脈薬は、Brugada型心電図の顕性化を起こすことが知られています。すなわち、一見 正常心電図ないし sadde-back型心電図を示していた例が、これらの薬剤の投与により典型的なcoved typeに変化し、心室細動が誘発された例が報告されています。 

 Brugada症候群は我が国では比較的多い疾患であり、たまたま期外収縮、心房細動などの不整脈を合併した際、Ta群あるいはTc群抗不整脈薬を投与されると、 coved typeに変化し、心室細動が誘発される危険があります。近医が、本例にTc群抗不整脈薬に属するプロパフェノンを3か月にわたり投与していたことは、極めて危険な治療法であったと言わねばなりません。

まとめ:
 本例はBrugada症候群で、coved typeを示し、心室細動ないし突然死のおそれがある危険な状態にあったと考えられます。一般に、交感神経刺激薬は、Brugada 型心電図の正常方向への変換を促進します。Brugada症候群における突然死の予防については、「植え込み式除細動器」のみが生命延長効果を示す唯一の治療法であると考えられています。

 しかし、病歴や家系に意識喪失発作や突然死が全く認められない例に対し、種々の合併症が起こり得る「植え込み式除細動器」を植え込むことには躊躇を感じます。そのことを患者に説明した上で、硫酸キニジンなどの投与でsaddle-back型への変換を試みるのも1つの方法であると考えられます。硫酸キニジンを使用する理由は、この薬剤にはBrugada 症候群におけるNaチャネル異常を修正する作用があるためです。

ecg-seminark 3 end この頁の最初へ