第37例 完全右脚ブロック(心筋傷害非合併例)

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第37例
症例:67歳、男性
臨床的事項:徳島市が実施している健康診断を受診した際に心電図を記録し、異常を指摘され、精密検査を奨められたため来院した。特に循環器系の愁訴はない。
下図は本例の心電図である。
 

質問:
1.リズムは?
2.主QRS波のQRS軸は?
3.QRS間隔は?
4.QRS波形の異常は?
5.ST-T部に異常所見があるか?
6.本例の心電図診断は?
7.本例の生活指導はどのようにするべきか?

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第37例解説

1.リズムは? :
 洞調律
 
2.QRS軸は?
  QRS平均ベクトルは右軸偏位ですが、QRS主ベクトルは正常軸です。QRS平均ベクトルというのは、前額面に投影されたQRS波の面積ベクトルのことです。これは、第1誘導と第3誘導のQRS波の面積を用いて、三軸座標(アイントーベン正三角形から導いたもの)を用いて作図します。しかし、面積の計測は煩雑ですから、平均振幅で面積を代用します。平均振幅とは、ある誘導における陽性波と陰性波の振幅の代数和です。

  右脚ブロックの際のQRS軸については、この面積ベクトルとQRS主ベクトルとを分けて考えなくてはなりません。主QRSベクトルとは、遅れて起こった右室興奮により生じたベクトルを除外した部分のQRS波のベクトルのことで、正常に興奮した心室中隔及び左室の興奮を反映しています。

3.QRS間隔は?
  :0.12秒を超えています(完全脚ブロック)。
 
4.QRS波形の異常は?
 V1がrsR’型を示しています。このR’波は遅れて起こった右室興奮を反映し、右脚ブロックに診断的です。この遅れて起こった右室興奮によるベクトル(起電力)は、V1のR’波を形成すると同時に、第1誘導の幅広いスラーを示すS波, aVRのlate R波, V5-6の幅広いS波を形成しています。右脚ブロックの際のTベクトルは、この右室興奮を反映するベクトルと180度近い解離を示すことが特徴的です。
 
5.ST-T部に異常所見があるか?
     V1−3誘導にST低下と陰性T波を認めます。しかし、これは右脚ブロックに伴う変化です。右脚ブロックにより生じた遅れて起こった右室興奮を反映する波(V1のR’,第1誘導・V4-6のS波など)と180度近い解離を示すのが、右脚ブロックの際のT波の特徴ですから、これらの波が陰性である誘導ではT波は陽性に描かれます。本例では、右脚ブロックに伴うST−T変化以外にはST−T部の異常は認められません。
 
6.本例の心電図診断は?
  1) 洞調律
  2) 右軸偏位(QRS主ベクトルは正常軸)
  3) 完全右脚ブロック
  4) 心筋傷害所見は認められない。
 

7.本例の生活指導はどのようにするべきか?
   左脚は、右脚に比べて太く、かつヒス束から分岐した直後に幅広く左脚前枝・後枝・中隔枝に分岐するため、その完全ブロック(完全左脚ブロック)はなかなか生じ難いですが、右脚はヒス束から分岐した後、心尖部まで比較的細い1本の脚枝のまま走行するため、軽微な傷害によりその完全ブロック(完全右脚ブロック)を生じます。

 従って、完全右脚ブロックがあっても、ST−T部に異常がなければ心筋の傷害の程度は強くないと判断される。従って、心電図所見が右脚ブロックを示していても、明らかな基礎疾患がなければ、年に1度の心電図記録を行う程度の経過観察で十分です。まれに両脚ブロックへの進展も認められますが、その頻度は極めて少ないと考えられます。生活方法についても何ら規制を加える必要はありません。

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