第36例 陳旧性前壁中隔梗塞、下壁梗塞、両脚ブロック(cRBBB+LAFB)

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第36例:
症例:70歳、男性
下図は本例の心電図である。

質問:
  1) リズムは?
  2) QRS軸は?
  3) QRS間隔は?
  4) V1-3のQRS波形の特徴は?
  5) aVFのQRS波の特徴は?
  6) 本例の心電図診断は?

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第36例解答
1) リズムは?
    洞調律。
 
2) QRS軸は?
  このような例のQRS軸を考える場合には、QRS波のmain waveと右脚ブロックにより生じた波との2種類に分けて考えなければなりません。
 
   (a) QRS波のmain wave(主QRS波):本来のQRS波で、QRS間隔の前半の波に相当するQRS軸です。これが本来のQRS軸となります。

  (b) 右脚ブロックにより生じた波のQRS軸:右脚ブロックのために遅れて起こった右室興奮を反映する波が作るQRS軸で、QRS間隔後半の波が作るQRS軸に相当します。

 この (a) に相当するQRS軸はQRS波の細い部分が作るQRS軸で、著明な左軸偏位を示し、第2誘導でr波よりもS波が著しく深いので、−45度を超える左軸偏位があると考えられ、左脚前枝ブロックと診断されます。 (b) に相当するQRS軸は、第1誘導で陰性であるため、右軸偏位を示すと考えられます。この右脚ブロックにより生じたベクトルはTベクトルと180度近い解離を示すことが特徴的です。
  
  すなわち、本例のQRS軸は、主QRS波については著明な左軸偏位を示し、左脚前枝ブロックがあると考えられます。
 
3) QRS間隔は?
    QRS間隔は0.12秒を超えており、完全脚ブロックがあります。V1とV6の心室興奮時間(QRS波の起始部からR波の頂点までの時間)を比べると、明らかにV1で遅延を認めるため、完全右脚ブロックと診断されます。
 

4) V1-3のQRS波形の特徴は?
    V1-4では初期r波(初期中隔ベクトル、心室中隔興奮の表現)が欠如しており、そのため通常の右脚ブロックの際のようにrsR' 型を示さず、QR型を示しています。この心室中隔ベクトルの消失所見から前壁中隔梗塞の合併があると診断されます。
 右脚ブロックがあっても、合併した左室肥大、心筋梗塞、冠不全などの心電図異常を診断することが出来ます。しかし、左脚ブロックがあると、通常、合併した左室肥大、心筋梗塞、冠不全などを心電図的に診断することは困難です。
 
5) aVFのQRS波の特徴は?
    aVFでは初期r波が認められないか、または振幅が著しく小さいr波を認めます。第3誘導も同様の所見を示します。第2誘導ではr波に結節があります。これらの所見は最初は典型的な下壁梗塞の心電図所見(QR型)を示していたものが、時日の経過と共に梗塞病巣内の残存心筋が機能を回復し、興奮性を回復したことを示す所見で, embryonal r waveと呼ばれます。すなわち、陳旧性下壁梗塞の存在を示す所見です。

 なお、本例のPR間隔は0.22秒と軽度の延長傾向を示しています。本例は完全右脚ブロック+左脚前枝ブロックがあるから、いわゆる両脚ブロックに属します。両脚ブロック例でPR間隔延長を認めることは、左脚後枝の不完全ブロックの合併があると考えられ、不完全三枝ブロックの疑いが濃厚ですから、将来、完全房室ブロックに移行するおそれがあり、厳重な心電図的経過観察が必要です。
 
6) 本例の心電図診断は?
    上述から明らかなように、本例の心電図診断は下記の如くです。
  1.洞調律
  2 . QRS主波の著明な左軸偏位(左脚前枝ブロック)
  3.陳旧性前壁中隔梗塞+下壁梗塞
  4.両脚ブロック(完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック)
  5.第一度房室ブロック〔(不完全三枝ブロック(疑)〕

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