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第29例:75歳、男性
主訴:労作時呼吸困難
臨床的事項:若いときからのheavy smokerで、20歳頃から1日30本位の喫煙を現在まで続けている。安静時には何ら症状がないが、最近は 少し急いで歩いたり、階段昇降時などに呼吸困難を生じるようになった。下図は本例の来院時心電図である。
質問:
1) リズムは?
2) QRS軸は?
3) P波の異常所見は?
4) 心臓長軸周りの回転は?
5) ST-T変化は?
6) 総合的に、この心電図の診断は?
7) 本例の臨床診断は?
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第29例解説:
3)P波の異常所見は?
第2,第3誘導, aVF誘導のP波が高く、尖鋭で、右房負荷と診断されます。一般に右房負荷の心電図診断基準としては下記の2項目の内、何れか1項目を満たせば「右房負荷」と診断します。
(1)肢誘導のP波≧2.5mm
(2)V1のP波が尖鋭で、かつ陽性波の振幅≧2mm
本例では、肢誘導のP波が尖鋭で、かつ2.5mmを超えていますから右房負荷と診断します。右側胸部誘導でもP波が尖鋭で、振幅増大を認めます。この所見も右房負荷の表現です。
一般に左房負荷の心電図診断陽性率は高く、70-80%の陽性率を示します。これに反し右房負荷の陽性率は低く、20%前後の陽性率です。従って、上記の基準を厳しく適用しますと、実際は右房負荷があるのに、これを見落とす場合が多く生じます。
従って、右房負荷を起こす基礎疾患がある場合は、上記の振幅基準を満たさなくとも、P波の尖鋭
化のみから「右房負荷(疑)」の診断を下す場合も少なからずあります。
本例の心電図で、V1,2のP波が二相性を示していますが、これは左房負荷の合併があるためではなく、右房が拡大し、丁度V1, 2の電極の高さが、右房の高さの中央付近に位置し、そのため、この電極は、右房興奮を迎え、かつ見送るために、P波の移行帯波形(陽性波と陰性波の振幅が等しい波形)を示していると考えられます。すなわち、右房拡大が著明な場合は、V1,2などの右側胸部誘導でP波の「近接効果様振れ(intrinsicoid deflection) が現れるためと考えられ、この所見は右房負荷の表現であり、左房負荷の合併を示す所見ではありません。
4)心臓長軸周りの回転は?
心臓電気軸の回転には次の3つの場合があります。
1) 心臓長軸周りの回転:心尖部の方から見て、どのように回転しているかを判断します。
a) 心臓長軸周りの時針式回転 (clockwise rotation):
通常、胸部誘導でQRS波の移行帯はV3に見られます。このような移行帯波形がV4, 5などの左側胸部誘導で認められた際には心臓長軸周りの時針式回転があると診断します。
心臓長軸周りの時針式回転は、右室肥大時に最も典型的に認められますが、左室肥大の際にも、肥大した左心室が左後方に偏位するために軽度の時針式回転が認められます。
b) 心臓長軸周りの反時針式回転 (couterclockwise rotation)
移行帯波形がV1, 2、あるいはそれよりも右方の誘導で認められる際に「心臓長軸周りの反時針式回転」があると診断します。
2) 身体前後軸周りの回転
これは、通常の軸偏位として表現され、左軸偏位、正常軸、右軸偏位と診断します。通常、New York
心臓協会基準を使用します。心臓電気軸の詳細については下のマークをクリックして下さい。
心臓電気軸(軸偏位)について詳しく知りたい方はここをクリック。
3) 身体横軸周りの回転
a) 心尖の前方偏位
Goldbergerは「5つの心室群基本波形」と言う概念を提唱しています。これは心室の部位により、心室群が特有の波形を示すという基本概念に立脚しています。下図に このGoldbergerの5心室基本波形を示します。この考え方に基づくと、QRS波がqR型を示すのは左室心外膜面を反映し、rS型ないしRS型を示す場合は右室心外膜面を反映すると考えられます。従って、aVF誘導がrS(ないしRS)型を示す場合は、右室心外膜面電位が左足電極に面することとなり、心尖部の前方偏位があると判断します。
6)総合的に、この心電図の診断は?
QRS波の波形は、V1,2でrsR'S'型を示しており、不完全右脚ブロックと診断されます。しかし、これは心室内伝導障害の表現と考えるよりも、右室肥大の1表現と考えた方が合理的です。右脚ブロックのような心室内伝導障害のために右側胸部誘導でR' 波が認められるような場合は、左側胸部誘導(V6)で幅広いS波が認められます。
本例のV6ではS波がありますが、幅は広くなく、伝導障害によるとは考え難いと思います。心房中隔欠損症の際の心電図所見の特徴は「不完全右脚ブロック」ですが、これも真の心室内伝導障害の表現というよりも、右室流出路肥大の表現と考えられていますが、本例の右側胸部誘導の不完全右脚ブロック様所見も、右室肥大の表現と考えた方がよいと思います。
しかし、この心電図を「不完全右脚ブロック」と診断しても誤りとは言えません。しかし、その臨床的意義を考える際には、「心室内伝導障害」によると考えるのではなく、「右室肥大」の1表現と考えるべきであると思います。
肢誘導でQRS波の振幅が低く、低電位差が認められます。一般には1方向への振幅が5mm以下の場合に低電位差と診断します。胸部誘導では、一方向への振幅が10mm以下の場合を低電位差と診断しますので、本例では胸部誘導QRS波の低電位差は認められません。
従って、本例の心電図診断は下記の如くなります。
1)洞頻脈
2)右房負荷
3)不完全右脚ブロック、心臓長軸周りの時針式回転(右室肥大)
4)右室負荷
5)肢誘導QRS波の低電位差