第26例 両脚ブロック(完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック)

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第26例解説

第26例:59歳、男性
主訴:頭重感
臨床的事項:数年来、高血圧を指摘されている。糖尿病、高脂血症もある。血圧 180/95mmHg。総コレステロール280mg/dl, HDLコレステロール25mg/dl, 中性脂肪 130mg/dl。心不全症状(−)。
下図は本例の心電図である。

質問:
1.リズムは?
2.QRS軸は?
3.この軸偏位を通常の軸偏位(横位心など)と考えて良いか?
4.本例の心電図診断は?
5.今後、どのようなことに注意して経過観察を行うべきか?(どのような危険が起 こることが予測できるか?)
6.本例のコレステロールはいくらか?

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 本例の解説は以下の如くです。
 1.リズムは?
  洞調律です。P波が第1,2誘導、V5, 6誘導で陽性で, aVR誘導で陰性の場合を洞性P波といい、このようなP波を持つリズムを洞リズムと言います。

2.QRS軸は?
  極めて著明な左軸偏位です。 QRS波の平均振幅(陽性波と陰性波の振幅の代数和)が、第1誘導で陽性、第3 誘導で陰性ですから、左軸偏位です。しかも、第2誘導で、R波の振幅が著しく小さ く、S波が深いので、著明な左軸偏位と考えられます。このような著明な左軸偏位は単なる心臓の位置変化(肥満、妊娠、腹水、腹部腫瘍など)では起こりません。

3.この軸偏位を通常の軸偏位(横位心など)と考えて良いか?  
 通常の軸偏位ではなく、心室内伝導障害(左脚前枝ブロック、left anterior fascicular block, left anterior hemiblock)によって起こったものと考えられます。

4.本例の心電図診断は?
  1) 洞調律
  2) 左軸偏位
 
  3) 両脚ブロック(完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック): QRS間隔が0.12秒以上ですから、完全脚ブロックがあります。この際、V1のQRS 波形がrsR' 型を示し, V1の心室内興奮伝達時間(QRS波の起始部からR’波の頂点までの時間)がV6 (QRS波の起始部からR波の頂点までの時間)のそれよりも長いために 完全右脚ブロックと診断されます。 

 また、前面図で平均前面QRS軸が−45度以上の著明な左軸偏位を示しているので、左脚前枝ブロックがあります。左脚前枝ブロックの診断は、第2誘導でR波より もS波が著しく深い場合(2倍以上)に診断します。

5.今後、どのようなことに注意して経過観察を行うべきか?(どのような危険が起 こることが予測できるか?)
 心室内伝導系は右脚と左脚とからなり、左脚は左脚前枝と左脚後枝で構成されて います(下図)。

 然るに、本例では右脚と左脚前枝がブロックしています。すなわち、心室内興奮伝導を司る3本の特殊筋束(右脚、左脚前枝、左脚後枝)の内、2本が傷害されており、いわゆる 2枝ブロック(bifascicular block)の状態になっています。

 もしこれに左脚後枝ブ ロックが合併すると、洞結節からの興奮は心室筋に伝導されず(完全房室ブロッ ク)、心室は異所的心室中枢からの興奮により収縮するようになります(特発性心室自動)。すなわち、右脚、左脚前枝、左脚後枝の心室内興奮伝導に関与する3本の特殊筋束が傷害されることとなります(三枝ブロック、trifascicular block)。 

 従来、 完全房室ブロックやアダムス・ストークス症候群は房室結節やヒス束の傷害により生 じると考えられていましたが、ヒス束電位図法が臨床に登場して以来、実は完全房室 ブロックやアダムス・ストークス症候群は、脚分岐部よりも末梢の脚・Purkinje系の傷害により起こるものが大部分を占めることが明らかとなりました(三枝ブロッ ク)。   

 本例は、すでに右脚と左脚前枝が傷害されているから、これに左脚後枝ブロックが 加わると、完全房室ブロックとなり、アダムス・ストークス症候群を起こしやすく、 突然死の原因ともなり得ます。  実際、右脚ブロック+左脚前枝ブロックの患者さんの経過観察を行うと、10〜17% が完全房室ブロックに移行したことが報告されています。  このような両脚ブロックの基礎疾患としては、高血圧、心筋梗塞、虚血性心疾患、 糖尿病、特発性心筋症などの際に多く認められています。

 両脚ブロックがあっても、他の1枝(本例の場合は左脚後枝)が充分に機能しておれば、右脚および左脚前枝の支配領域心筋は、左脚後枝からのインパルスにより興奮しますので、完全房室ブロックやアダムス・ストークス症候群を起こすことはありません から、この心電図所見のみを対象とした治療は不必要です。

 しかし、両脚ブロックの 存在は、左室心筋に器質的な異常があることをを意味しているため、その原因となる基礎疾患(高血圧、虚血性心疾患など)の治療を十分に行い、心電図的な経過観察が必要です。

6.本例のLDL-コレステロールはいくらか?
  LDL-コレステロール値は、下式により求めることが出来 ます。
       LDLコレステロール=総コレステロール−HDLコレステロール−1/5中性脂肪

 総コレステロールよりも、LDLコレステロールの方が臨床的意義が大きく、その 増加は動脈硬化促進的に働きます。HDLコレステロール増加のために総コレステ ロールが増加している場合は、総コレステロールが高値を示しても虚血性心疾患の危 険因子とはなりません。因みにLDLコレステロールの正常値は140mg/dl以下であ り、160mg/dl以上を高LDLコレステロール血症と呼び、両者の中間は境界値と判定します。 因みに、本例のLDLコレステロール値は下式の如くなります。
 
       LDLコレステロール=280−25−130/5 =229mg/dl となり、  正常値は<140mg/dlですから、著明な高LDL-コレステロール血症を示しており、治療が必要です。

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