Brugada症候群へ | 循環器病目次へ | トップ頁へ |
いろんな原因による急死の目次へ |
1.概念
心電図のQT間隔が延長するような状態では、心室筋各部で興奮持続時間のばらつきが多くなり、リエントリーなどの頻脈性不整脈が生じ易くなります。また、QT間隔が長いと、期外収縮が出現した場合、心筋の受攻期に重なり、心室頻拍、心室細動などの重篤な心室性不整脈が出現し易い傾向があります。
QT延長症候群とは、@心電図上のQTc間隔の延長、A失神発作(あるいは急死の家族歴)を示す例をいいます。このようなQT間隔の延長は、諸種の循環器疾患、神経系疾患、薬物の影響などで起こる場合(後天性QT延長症候群)と、明らかな原因が無く、遺伝傾向が認められるものとがあります(遺伝性QT延長症候群)。後者については、最近、心筋細胞膜のイオンチャネルをcodeする遺伝子異常が見出されており、原因不明のQT延長症候群で、明らかな遺伝を認め得ない例は、このような遺伝子異常の孤発例と考えられるようになってきました。
2.QT延長症候群の分類
QT延長症候群は次のように分類されます。
T.遺伝性に基づく分類
1)先天性QT延長症候群
a.Jervell and Lange-Nielsen症候群:先天性聾、QTc間隔延長、失神発作、急死の家族歴、常染色体性劣性遺伝。
b. Roman-Ward症候群:QTc間隔延長、失神発作、急死の家族歴、常染色体性優性遺伝。
2)後天性QT延長症候群
a. 電解質異常:低K血症、低Ca血症, 低Mg血症
b. 薬剤
1)抗不整脈薬:キニジン、ジソピラミド、プロカインアミド等
2)向精神薬:三環系抗うつ薬、フェノチアジン等
c.中枢神経障害:頭蓋内出血、急性脳梗塞、頭部外傷など
d.高度の徐脈性不整脈:完全房室ブロック、洞不全症候群症候群
e. その他:急性心筋梗塞、心筋炎、甲状腺機能低下、僧帽弁逸脱、急性肺性心など
U.原因による分類
1)特発性QT延長症候群
2)徐脈依存性QT延長症候群
3. 特発性QT延長症候群の症状
特発性QT延長症候群の特徴的な症状、所見を列挙すると下記の如くです。
1 | 失神発作 |
2 | 心室性不整脈(ことにtorsade de pointes, Tdp) |
3 | QTc間隔延長 |
4 | T波の交互脈 (T wave alternans) |
5 | 心停止(pause) |
6 | 徐脈傾向、運動による心拍数増加不良 |
7 | T波形異常 |
以下、これらの内の2〜3の項目について若干の説明を加えます。
1)失神発作:急激な精神興奮(恐怖、立腹)、激しい身体労作、水泳などで誘発されます。
2)心室性不整脈:ことにtorsade de pointes(Tdp)
torsade de pointes型心室頻拍は、通常、「torsade
de pointes, Tdp」と呼ばれています。心電図所見は極めて特徴的で、QRS軸が5〜20心拍を周期として徐々に変動します。QRS波とT波の区別をつけ難い心室群を有する心室頻拍と心室粗動との中間的波形を示します。ある誘導で見ると、心室波の振幅は漸次増大し、最大に達した後、漸次 振幅が減少し、遂には著しく低くなって点状(node)となり、その後は再び振幅が増大し、以後、同様のリズムを繰り返します。この振幅が著しく小さくなる所見は、心起電力減少のためではなく、同時記録した他の誘導を見ると、大きい振幅の心室波が記録されており、心室波の電気軸が規則的に捻れるため(twist)と考えられています。torsada
de pointesは、直ちに適切な治療を行わないと極めて容易に心室細動に移行するため、極めて危険な悪性不整脈です。
Torsade de pointes (心室頻拍):心室波の振幅が規則的に変動 している。これはQRS軸がtwist しているためである。 (Kirkler,D.M.,Curry,V.L.:Br.Heart J.38:117,1976) |
下図は71歳女性の完全房室ブロック例にみられたtorsade de pointesで、心室細動に移行しています。
A:完全房室ブロック、B:多形性心室頻拍のshortrun, C:torsade de pointes, D: 心室細動 |
torsade de pointesという言葉はフランス語ですが、この発音に関し学会でも著しい混乱が見られます。正しくは、「トルサード・ド・ポアンツ」と発音するべきであるにもかかわらず、torsadeを「トルセード」と発音したり、pointesを「ポアン」などと誤って発音する研究者が非常に多くいます。torsadeとは「捻れた房毛」, pointe(s)は「針、釘、(針の)尖端」などの意味です。その発音は「ポアンツ」ですが、スペルがよく似た言葉に「point」があり、これと混同している人が著名な大学教授にもおり、若い研究者を混乱させています。下表にpointeとpointの単数形、複数形およびそれらの発音を表記します。
単数型 | 複数型 | 意味 | ||
スペル | 発音 | スペル | 発音 | |
point | ポアン | points | ポアン | 点 |
pointe | ポアンツ | pointes | ポアンツ | 針、(針などの)尖端 |
3) QT間隔延長
下図に私どもが経験したQT延長症候群(Romano-Ward症候群)の心電図を示します。
![]() |
17歳,女性。主訴:失神発作。Romano-Ward症候群。 QT間隔延長,徐脈,U波増高,T波変形を認める。 |
心電図のQT間隔は電気的心室収縮時間とも呼ばれ、ジギタリス投与時には短縮し心筋障害時には延長することが知られていました。硫酸キニジン投与時には、しばしば失神がみられ、「quinidine
syncope」として知られ、時に突然死することがあるために、キニジンは毒性が強い薬剤として恐れられていました。このような副作用を予防するために、にキニジン投与中はQT間隔を測定することが必要であることも古くから知られていました。心QT間隔は、心拍数の関数であるため、その評価には心拍数による補正を行わなければなりません。このためには下記のBazettの式が広く用いられています。
QTc= QT/(RR)1/2
QTc延長の診断基準値については、下表のように研究者間に若干の意見の相違があります。
研究者 | QTc延長判定基準値(msec) |
Massie,Walsh | >425 |
Macfarlane,Lawrie | >460 |
Schwartzら | >440 |
また、Moss,Schwartzは、年齢、性を考慮した下表のようなQTc間隔延長診断基準を提唱しています。
/ | / | 1〜15歳 | 成人男性 | 成人女性 |
正常上界 | 2.5%値 | >450 | >440 | >455 |
判定基準 | 正常 | <440 | <430 | 445〜465 |
境界域 | 440〜460 | 430〜450 | 445〜465 | |
延長 | >460 | >450 | >465 | |
年齢、性を考慮したMoss,SchawartzのQTc延長診断基準(msec) |
4) 著明なU波およびT-U融合(T-U fusion)
著明なU波を認め、T波と融合し、T波の終末部を明らかに定めることが出来ない場合が多く、QT間隔として、実際はQT-U間隔が測定されへます。塩酸イソプレナリン(プロタノールL0.2mg0.005mg/kg/分の速度で点滴静注した際の心電図を下図に示します。イソプレナリン静注負荷により脈拍数の増加と共にU波が著しく高くなり、T波よりも高くなっています。
イソプレナリン静注によりU波が増大し、T波とU波 が融合し、QT-U間隔の著しい延長を示している。 |
下図は、血圧低下と著しい洞性徐脈のために、塩酸エチレフリン(エホチール)5mgを静注した際の心電図を示します。この場合も、心拍数の増加と共にU波が著明となり、T波と分離した高い波として認められます。、
塩酸エチレフリン(エホチール)静注によりU波が著明 となり、T波と分離した大きい波として認められる。 |
5) T波の交互脈 (T wave alternans)
下図の如くT波の極性あるいは振幅が交互に変化することがあります。これは心室筋の興奮の不均一性を反映し、不整脈出現の危険性が極めて高い状態にあることを示しています。
T波の交互脈 (Schwartz,P.J.et al) |
(Schwartz,P.J.,et al.:Pathogenesis and therapy
of the idiopathic long QT syndrome.InHashiba,K.,et
al.:
QT prolongatgion and ventricular arrhythmias.
Ann. NY Academy Sciences, Vol.664,p.112,1992)
6) 洞停止(sinus pause)
下図のように洞停止を認める例があります。
洞停止((Schwartz,P.J.et al) |
7) T波の変形
T波はU波と融合して(T-U fusion)して種々の変形を示します。
A:正常,B:幅広い緩やかなT波、 C:幅広い二峰性T波、 D:T波下行脚に重なる低い波、 E:T-U複合(T波の終末部不明瞭), F:緩徐なサイン波様T波、 G:著明なST-segment延長を伴うT波。 (Moss,A.J.,Robinson,J.L.:. ,1992) |
4. QT延長症候群の診断基準
大基準 | 1. QTc≧440msec |
2.ストレス誘発性失神発作 | |
3.QT延長症候群の家族内発生 | |
小基準 | 1.先天聾 |
2.T波の交互脈 | |
3.心拍の減少(ことに小児) | |
4.心室再分極異常(T波の異常) | |
判定 | (1) 大基準 2項目を満たす。 |
(2) 大基準1項目+小基準2項目を満たす。 |
5. QT延長症候群の成因
1)遺伝子異常による心筋細胞イオンチャネルの異常:現在、3つの遺伝子異常が見出されています。
(1)@ 第3染色体のSCN5A遺伝子:この遺伝子はNaチャネルをコードしており、その異常があるとNaチャネルが頻繁に開き、活動電流持続時間が延長します。
A 第7染色体のHERG遺伝子:遅延整流Kチャネルのαユニットをコードしており、その異常によりこのチャネルの機能が低下すると、活動電位持続時間が延長します。
B 第11染色体のKVLQT1遺伝子:この遺伝子は心室筋で交感神経応答を伝達すGTP(guanosine
5′-triphosphate) 調節蛋白の合成に関与しています。
これらの3つの遺伝子については既に40種以上の変異が把握されています。これらの遺伝子異常による変異型チャネルは心筋内に不均等に発現するため、リエントリーを起こし易く、これが不整脈の原因となります。
2.心臓交感神経支配の不均衡説
右心臓神経の機能低下、左心臓神経の反射性機能亢進が本症の病態形成に関与しており、その機序
は次のように説明されています。
右心臓交感神経支配の低下 →左心臓交感神経の相対的優位 → 心室再分極相K電流のブロック → 心室早期後脱分極 (early
afterdepolarization) 亢進に基づく撃発電位 (triggered
activity) → 閾膜電位到達 → 心室筋異常興奮出現 → 心室性不整脈発現
6. QT延長症候群の予後
QT延長症候群の予後を考える上で、下記の諸項目は予後を悪くする危険因子であると考えられています。
/ | 危険因子 |
1 | 先天性聾 |
2 | 失神発作の病歴 |
3 | 女性 |
4 | 過去における悪性不整脈出現の病歴 |
15年間にわたり経過観察した本症の予後調査成績によると、適切な治療を行わなかった場合の死亡率は53%ですが、適切な治療を行った場合の死亡率は9%と著しく低下します。
7. QT延長症候群の治療
1) 交感神経β受容体遮断薬(ベーターブロッカー)が第1選択治療薬です。本症には徐脈例が多いので、少量投与で経過を観察しつつ必要量まで増量します。
2) 左星状神経節切除:左第1〜第4交感神経節切除を併用します。
〔補〕 Torsade de pointesの治療
QT延長症候群の死亡の直接的な契機は、torsade
de pointesから心室細動に移行することによります。そのため、torsade
de pointesに対する適切な治療を行うことは大切です。
1)硫酸マグネシウム静注:30〜40mg/kgを5〜10分間に静注し、さらに必要なら1〜5mg/分で点滴静注。
2)一時ペーシング:80〜120/分。
3)イソプロテレノール点滴静注:2〜8μg/分で点滴。しかし、急性心筋梗塞症、狭心症、高血圧、遺伝性QT延長症候群には適当でありません。
4)原因薬剤の中止:抗不整脈薬、向精神薬など。
5)電解質補正:低K血症、低Mg血症、低Ca血症などがあれば補正します。