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脳梗塞は一旦発症すると半身不随、意識障害、言語障害などの重篤な症状を起こしますから、その発症を予防することが大切です(一次予防)。また、一旦発症すると、再発する例が多く、再発を繰り返すたびに病状が進展しますから、再発予防を図ることが大切です(二次予防)。脳梗塞の発症予防のためには、「脳梗塞の危険因子」を知り、その対策を講じることが最も大切です。
現在、脳梗塞の危険因子としては、次の諸項目が上げられています。以下、これらの危険因子の意義、対策などについて説明します。
(Mebio 第15巻、第8号、1998,Medical
View社、東京から要約)
1.高血圧 | 2.糖尿病 | 3.高脂血症 |
4.喫煙 | 5.心房細動 | 6.卵円孔開存 |
7.抗リン脂質抗体症候群 | 8.先天性血栓性素因 | 9.ホモシステイン血症 |
10.ヘマトクリット | 11.フィブリノゲン | 12.頸動脈病変 |
13.無症候性脳梗塞 | 14.動脈解離 | 15.大動脈粥腫 |
高血圧と脳卒中発症との間には直線的な相関があります。収縮期血圧を10mmHg、拡張期血圧を5〜6mmHg低下させますと脳血管障害の発症を約40%低下させることが出来ると言われています。最近発表された国際的な高血圧診断基準によりますと、従来よりも理想的血圧の値は低値に設定されており、血圧管理が一層厳しくなっています。脳血管障害の一次予防に関してはJカーブ現象は認められませんが、脳梗塞の二次予防につぃてはJカーブ現象が見られますので注意が必要です。「Jカーブ現象」というのは、血圧をある程度以下に下がるとかえって脳血管障害をが起こり易くなる現象をいいます。このようなJカーブ現象を避けるためには下記の注意が必要です。
1)急激な高圧を避け、徐々に高圧を図る。
2)夜間の過度の降圧を避ける。
3)降圧薬服用の中断や不規則な服用を行わない。
耐糖能異常があると脳梗塞発症の相対危険度が増大することが指摘されています。
研究 | 対象 | 相対危険度 |
久山町研究 | 脳梗塞 | 男性 1.60 女性 1.97 |
フラミンガム研究 | 脳血栓 | 男性 2.65 女性 3.76 |
ミネソタ研究 | 脳梗塞 | 1.7 |
ホノルル心臓研究 | 脳梗塞 | 2.0 |
相対危険度とは、ある危険因子を持つ群が、持たない群に比べて、疾病発生の危険率が何倍高いかを示す数値です。
高脂血症と脳梗塞との間には因果関係がないとする報告も多くありますが、高脂血症は明らかな頸動脈の動脈硬化性病変の危険因子です。近年、脳梗塞の原因の1つとして頸動脈の動脈硬化性病変の重要性が認識されてきており、脳梗塞の危険因子としても重要であると考えねばなりません。プラバスタチン(メバロチン)を心筋梗塞の病歴がある例に内服していただいたところ、脳血管障害の発生率を31%減少させることが出来たとの報告があります。また、プロブコール(ロレルコ、シンレスタール)が頸動脈病変の進行抑制に有効であったとの報告もあります。
喫煙は、年齢、収縮期血圧上昇、耐糖能異常と共に男性におけるラクナ梗塞の重要な危険因子で、その相対危険度は2.2と報告されています。また、頸動脈や脳底部の比較的大きい動脈の粥状硬化を促進っすることも指摘されています。その他、血小板凝集能促進、フィブリノゲン上昇、赤血球変形能低下などの凝固能促進、血液粘稠度増加などを介して脳血栓発症に促進的に働きます。
研究 | 病型 | 相対危険度 |
ホノルル心臓研究 | 脳梗塞 | 男性 2.5 |
フラミンガム研究 | 脳梗塞 | 男性 4.2 女性 1.9 |
久山町研究 | ラクナ梗塞 | 男性 2.2 |
禁煙の効果
禁煙による脳卒中発症危険率の減少は、禁煙2年以内に急速に認められ、5年以内に非喫煙者と同じ程度に回復します。
心房細動は、60歳以上の年齢層では2〜4%に認められ、加齢と共に加速度的にその頻度が増加します。全脳梗塞例の10〜20%に心房細動が認められ、心原性塞栓の50%では心房細動が原因であると考えられています。心房細動例では、左心房(殊に左心耳)内に巨大なフィブリン血栓を生じ、これが血流によって脳に運ばれ、脳動脈の塞栓(心原性脳塞栓)を起こし、大きい脳梗塞の原因となります。一般に、脳塞栓症による脳梗塞は、脳血栓による脳梗塞よりも大きい病変を生じます。
脳塞栓の原因別頻度と塞栓年間発生率
基礎疾患 | 割合(%) | 塞栓年間発生率 |
非弁膜症性心房細動 | 45% | 5%/年 |
急性心筋梗塞 | 15% | 3%/月 |
心室瘤 | 10% | 5%/年 |
リウマチ性弁膜症 | 10% | 20%/年 |
弁置換 | 10% | 1〜4%/年 |
その他 | 10% | / |
非リウマチ性心房細動例におけるワーファリンとアスピリンの脳塞栓一次発症予防効果
塞栓 副作用 |
ワーファリン投与群 (335例) |
アスピリン投与群 (336例) |
対照薬 (336例) |
塞栓(脳、他臓器) | 5例(1.5%) 0 |
17例(6.0%) 3例(0.9%) |
19例(6.3%) 2例(0.6%) |
合併症(出血、その他) | 21例(6.9%) 2例(6.0%) |
4例(2.4%) 4例(2.4%) |
0 6例(1.8%) |
非弁膜性心房細動例でのワーファリンによる脳塞栓の再発予防
対象 | 例数 | 観察期間 | 脳梗塞再発 | ||
例数 | 出現率 | 年間発生率 | |||
ワーファリン群 | 23例 | 46月 | 1例 | 4.3% | 1.1% |
対照群 | 70例 | 16月 | 18例 | 25.7% | 19.3% |
老年者における非弁膜症性心房細動による心原性脳塞栓とアテローム血栓性脳梗塞による大脳の大梗塞の生命予後
対象 | 例数 | 2週以内の死亡 | 2週〜6月の死亡 | 6月以上の生存 | ||||
例数 | % | 例数 | % | 例数 | % | |||
心原性脳塞栓 | 48 | 25 | 45 | 18 | 35 | 5 | 20 | |
血栓性脳梗塞 | 30 | 12 | 21 | 14 | 28 | 13 | 52 |
非弁膜症性心房細動例における脳梗塞予防のための抗凝血薬療法(ワーファリン療法)、抗血小板療法(アスピリン)の適応のまとめ:
1.高血圧、一過性脳虚血発作、心筋梗塞、糖尿病のない65歳以下の例はでは、ワーファリンもアスピリンも投与する必要がありません。
2.75歳以上の女性、収縮期性高血圧(≧160mmHg)、心不全、脳梗塞の前歴がある例ではワーファリン療法を行います。
3.上記の1,2以外の例にはアスピリンが有効です。
抗凝血薬療法の指標
ワーファリン療法では、INRを2.0〜3.0にコントロールします。INRとはInternational
Normalized Ratioの略です。ワーファリン療法時の凝血能コントロールの指標としては国際的にはINRが用いられていますが、我が国ではトロンボテストが広く用いられてきました。トロンボテストとINRとの間には下表のような関係があります。
トロンボテスト(%) | INR | トロンボテスト(%) | INR |
100 | 1.00 | 16 | 2.1 |
90 | 1.03 | 15 | 2.1 |
80 | 1.05 | 14 | 2.2 |
70 | 1.08 | 13 | 2.3 |
60 | 1.13 | 12 | 2.5 |
50 | 1.20 | 11 | 2.6 |
45 | 1.24 | 10 | 2.8 |
40 | 1.29 | 9 | 3.0 |
35 | 1.37 | 8 | 3.3 |
30 | 1.47 | 7 | 3.6 |
25 | 1.60 | 6 | 4.2 |
20 | 1.81 | 5 | 4.8 |
19 | 1.87 | 4 | 5.9 |
18 | 1.92 | 3 | 7.5 |
17 | 2.00 | / | / |
INRとトロンボテスト値(%)との関係
INR | トロンボテスト値(%) | INR | トロンボテスト値(%) |
1.0 | 81.0 | 3.5 | 7.7 |
1.5 | 27.2 | 4.0 | 6.5 |
2.0 | 16.3 | 4.5 | 5.7 |
2,5 | 11.8 | 5.0 | 4.9 |
3.0 | 9.2 | / | / |
静脈系に出来た血栓が、閉鎖せずに開存した卵円孔を通って、大循環系に動脈塞栓を起こす状態を奇異性(動脈)塞栓といいます。この奇異性動脈塞栓は、脳塞栓全体の1.8〜12.8%を占めています。食道エコー法で、脳梗塞504例中49例 (9.7%) に卵円孔開存が認られます。卵円孔開存は正常心の剖検で30%に見られますが、通常は、左房圧が右房圧よりも高いために右→左シャントは生じません。原因不明の若年者の脳梗塞などでは本症を考え、経食道心エコー法により卵円孔開存の有無について検討することが必要です。シャンとというのは、動脈血が直接 静脈血に混入する場合を言います。
抗リン脂質抗体としては、lupus anticoagulant(LA), 抗カルジオリピン抗体(aCL)、β2-glycoprotein(β2ーGPI)が重要で、動、・静脈血栓、習慣性流産、血小板減少などを起こします。LAは陰性に荷電するリン脂質と反応する免疫グロブリンで、対応抗原はプロトロンビンであると考えられています。活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)が延長し、プロトロンビン時間が軽度延長または正常の場合に本症候群を考えます。
抗リン脂質抗体症候群による脳梗塞を診断するためには、下記の諸点に注意することが必要です。
1)全身性エリテマトーデスの合併があれば、必ずLAを調べる。
2)再発性の脳梗塞でもLAを調べる必要がある。
3)初発例でも、年齢>50歳;他の血栓症・流産の病歴;活性化部分トロンボプラスチン時間延長例;抗核抗体陽性例、血沈促進例、血清梅毒反応偽陽性例、クームス試験陽性、血清補体C4低値、抗ミトコンドリア抗体陽性例などでも、抗リン脂質抗体を調べる必要がある。
ヘマトクリット値が46%以上に増加すると脳梗塞の頻度が増加します。ヘマトクリットが51%以上の例では、以下の例に比べて脳梗塞の頻度が2.5倍に増加します。そのためヘマトクリット46%以上は脳梗塞の危険因子と考えれています。
フイブリノゲンは肝で合成される糖蛋白で、半減期は3〜4日、プラスミンで分解されてフィブリン分解産物になります。このフィブリン分解産物は血管内皮細胞障害、平滑筋増殖、血液凝固促進などの作用を示します。血漿フィブリノゲン正常値:170〜400mg/dl
薬剤の種類 | 一般名 | 商品名 | 低下程度 |
フィブレート製剤 | クロフィブレート | アモトリール | 12〜30% |
ベサフィブレート | ベザトールSR | 17〜43% | |
その他の薬剤 | プロプラノロール | インデラル | 22% |
ペントキシフィリン | トレンタール | 4% | |
チクロピジン | パナルジン | 20% | |
ニセリトロル (ニコチン酸類似薬) |
ペリシット | 15% | |
スタノゾロル (蛋白同化ステロイド) |
ウインストロール | 38% |
高齢者の3〜6%に頸動脈に50%以上の狭窄性病変があります。虚血性脳血管障害の20〜30%は頸動脈病変が責任病変であり、頸動脈病変がある例の23%が虚血性心疾患を合併し、14%に下肢閉塞性動脈硬化症を合併します。頸動脈病変を持つ例における脳梗塞発症の予防には、内科治療よりも頸動脈血管内膜切除(carotidendarterectomy,CEA)が有効とされています。無症候性頸動脈狭窄からの脳梗塞発症率は、症候性頸動脈狭窄に比べると著しく低いと言われています。
無症候性頸動脈狭窄例における狭窄の程度と脳卒中発症率
報告者 | 頸動脈狭窄度 | 脳卒中発症率(年間) |
Norrisら | <75% | 1.3% |
≧75% | 3.3% | |
Mackeyら | <80% | 1.4% |
≧80% | 4.2% |
症候性頸動脈狭窄例での内科的治療群と頸動脈血管内膜切除術群における脳卒中発症率の比較
研究名 | NASCET研究 | ECST研究 | ACAS研究 |
対象 | 狭窄度≧70% (330例) |
狭窄度≧70% (323例) |
狭窄度≧60% (834例) |
観察期間 | 2年 | 3年 | 5年 |
内科的治療群 | 26.0% | 16.8% | 11.0% |
内膜切除術群 | 9.0% | 10.3% | 5.1% |
頸動脈狭窄病変の診断には、超音波法、MRIアンジオグラフィー、CTアンジオグラフィーなどが有用です。
ラクナ性無症候性脳梗塞は、脳梗塞発症の高危険群であるばかりでなく、脳出血の危険因子でもあり、高血圧の管理が極めて重要であるが、糖尿病、高脂血症んどを含めた総合的管理が大切です。こうした例への抗血小板薬の投与は高血圧を管理した上で慎重に行う必要があります。無症候性脳梗塞の頻度は、13〜17%と報告されており、その発症に及ぼす危険因子の相対危険度(オッズ比)は次の如くです。
危険因子 | 相対危険度(オッズ比) |
高血圧 | 4.07 |
糖尿病 | 2.41 |
飲酒歴(>2合) | 2.58 |
網膜動脈硬化 | 2.14 |
年齢 | 1.77 |
対策:早期からの高血圧の管理が最も重要です。耐糖能異常や高脂血症の治療も重要です。
上行大動脈、弓部大動脈の動脈硬化性潰瘍病変部の血栓などが剥離して脳動脈を閉塞します(動脈→動脈塞栓、A-to-A embolism)。原因不明の脳梗塞例で、大動脈弓部の動脈硬化性潰瘍が61%に認められています。また、脳塞栓例の42%に経食道エコー法により大動脈粥腫が認められています。経食道エコー法により認められる大動脈の経4〜5mm以上の複合粥腫は独立した脳梗塞の高い危険因子であるとする考えが有力です。
大動脈粥腫形成の危険因子:高血圧、喫煙、糖尿病、心房細動、心内塞栓源を有する例、男性,高コレステロール血症などが上げられています。
大動脈粥腫の診断法:経食道エコー法によります。
ホモシステインは食物蛋白中のメチオニンがシステインに代謝される際の中間代謝産物のアミノ酸です。ホモシステイン代謝酵素の先天性欠損等で、血中ホモシステイン濃度の上昇がある例では、動・静脈血栓が多発することが知られていましたが、近年、酵素欠損などがない一般住民においても血中ホモシステイン濃度上昇が動・静脈血栓の危険因子であることが注目されるようになりました。
高ホモシステイン血症の頻度
対象 | 頻度(%) |
コントロール群 | 5 |
冠動脈疾患群 | 13 |
脳血管障害群 | 35 |
高ホモシステイン血症の各種疾患に対する相対危険度(オッズ比)
疾患 | 相対危険度(平均、範囲) |
冠動脈疾患 | 1.7(1.5〜1.9) |
脳血管障害 | 2.5(2.0〜3.0) |
閉塞性動脈硬化症 | 6.8(2.9〜16.0) |
また、高ホモシステイン血症は、大血管系の硬化促進を介して高年者の収縮期性高血圧の進展に関与するとの報告もあります。高ホモシステイン血症における血栓症発生の機序
としては、血管内皮細胞障害、血小板活性化、凝固機能促進などが上げられています。
治療:葉酸 200μg/日(フォリアミン 2g/日)内服。
血栓症を引き起こす可能性がある諸種の先天性凝固制御因子の欠損症・異常症
凝固制御機能低下 | 1. アンチトロンビンV欠損症・異常症 |
2. プロテインC欠損症・異常症 | |
3. プロテインS欠損症・異常症 | |
4. ヘパリンコファクターU欠損症・異常症 | |
5. 活性化プロテインCレジスタンス | |
6. トロンボモジュリン異常症 | |
線溶能低下 | 1. プラスミノゲン欠損症・異常症 |
2. 組織プラスミノゲン・アクチベータ放出障害 | |
3. プラスミノーゲン・アクチベータ・インヒビターT増加症 | |
凝固能亢進 | 1. 異常フイブリノゲン症 |
2. ホモシスチン尿症 | |
3. Histidine-rich glycoprotein異常症・増加症 |
若年者の脳梗塞や原因不明の脳梗塞の基礎疾患として動脈解離があります。脳梗塞の約1%はこれにより起こり、その1/3では高血圧を伴う。その診断にはMRIが有用です。
この項は「Mebio Vol15,No.8:脳梗塞の危険因子とその対策、EBMに基づくグローバル・スタンダード」を参考にし、他の資料も加えて作成しました。本誌の特集号の執筆者は下記の如くです。
高血圧 | 松本昌泰、他 | ホモシステイン血症 | 苅尾七臣、他 |
糖尿病 | 宇高不可思、他 | ヘマトクリット | 高橋弘明 |
高脂血症 | 堤由紀子、他 | フィブリノゲン | 棚橋紀夫 |
喫煙 | 谷崎弓裕、他 | 頸動脈病変 | 高木誠 |
心房細動 | 是恒之宏、他 | 無症候性脳梗塞 | 小林祥泰 |
卵円孔開存 | 米村公伸、他 | 動脈解離 | 橋本洋一郎、他 |
抗リン脂質抗体症候群 | 北川泰久 | 大動脈粥腫 | 神田直昭,他 |
先天性出血性素因 | 丸山芳一 | / | / |