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僧帽弁逸脱症候群(mitral valve prolapse syndrome,MVP)とは、左室収縮期に僧帽弁が左心房内に逸脱(prolapse)する病態で、いろんな心臓病の際に二次的に出現する場合もありますが、僧帽弁、検索などに粘液腫様変性を生じ、僧帽弁が菲薄化、伸長して、収縮期に左房内に逸脱するものを一般に僧帽弁逸脱症候群といいます。二次的僧帽弁逸脱の基礎疾患としては、虚血性心臓病、特発性心筋症、リウマチ性心炎、心房中隔欠損症、僧帽弁手術後などに出現することが知られています。
左:正常僧帽弁、中:前尖逸脱、右:後尖逸脱 (町井潔編著:断層心エコー図、中外医学社、東京,1981) |
その頻度は、小学生では男 0.6%, 女 1%,; 中学生では男 1%、女 1.5%; 成人では4〜5%との報告があります(坂本)。
藤井は、僧帽弁逸脱症の際の心電図異常として下記の所見をあげています。
心電図所見 |
1.T波平低ないし陰性、軽度のST低下 |
2.QT間隔延長 |
3.不整脈(心房性、心室性期外収縮など) |
4.徐脈性不整脈、興奮伝導障害 |
5.心室早期興奮症候群(preexcitation) |
6.心筋梗塞 |
7.異常運動負荷心電図 |
藤井は、僧帽弁逸脱症(82例)を軽症群および重症群の2型に分け、各群における不整脈の頻度を調査し下表のような成績を示しています。重症群とは、左房内に逸脱した僧帽弁が僧帽弁輪を結んだ線を越えて左房内に逸脱しているものです。また、軽症とは、左房方向に僧帽弁が反り返ってはいるが、弁輪を越えるまでには至っていない例をさします。
不整脈の種類 | 軽症 | 中等症、重症 | ||
例数 | % | 例数 | % | |
心房性期外収縮 | 7 | 17.0 | 11 | 15.7 |
心室性期外収縮 | 6 | 14.6 | 24 | 34.3 |
心房細動・粗動 | 4 | 9.8 | 10 | 14.3 |
発作性心房頻拍 | 1 | 2.4 | 2 | 2.9 |
洞頻脈 | 2 | 4.9 | 0 | 0 |
二段脈(bigeminy) | 0 | 0 | 6 | 8.6 |
三段脈(trigeminy) | 0 | 0 | 4 | 5.7 |
二連発(couplets) | 0 | 0 | 6 | 8.6 |
心室頻拍 | 0 | 0 | 2 | 2.9 |
例数 | 41 | 41 |
僧帽弁逸脱の際に不整脈が出現する機序 については、未だ一定の見解はありませんが、期外収縮などについては、僧帽弁が左房内に逸脱する際に腱索を強く引っ張り、これが乳頭筋を刺激して起こるとの考えもあります。上の表に示されているように、中等症・重症では心室期外収縮の出現率が軽症群よりも多く、ことに 二段脈、三段脈、二連発、心室頻拍などの注意を必要とする不整脈が多く認められています。
急死例の基礎疾患中に占める僧帽弁逸脱の頻度はそれほど多くありませんが、文献では急死例、心室細動からの蘇生例なども報告されております。心室期外収縮が多くの例にみられ、心室頻拍のような重篤な心室性不整脈が重症例に多いことは、どの報告も一致しています。軽症例では、半年〜1年に一度程度の定期的経過観察でよいと思いますが、中等症、重症例ではホルター心電図、トレッドミル運動負荷試験などを実施し、悪性心室性不整脈を認めた際には、激しい運動の制限、交感神経β受容体遮断薬内服などを行うことが必要です。また、逸脱の程度が極めて強く、高度の僧帽弁閉鎖不全を伴う例では、弁置換術のような根本的な対策が必要となります。