2.9  QT延長症候群の予後

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 失神の病歴があるQT延長症候群(LQT)症例の予後については、未治療の場合の最初の1年間の死亡率は20%で、10年間では死亡率は50%に達するといわれている(土谷健、奥村謙:循環器科46:305,1995)。

 一般的に、下記の諸項目はQT延長候群の予後を悪くする危険因子であると考えられている。
  1) 心停止からの回復例、
  2) 失神発作の病歴、
  2) 過去における悪性不整脈出現の病歴、
  3) 先天性聾、
  4) 性別(女性が男性より予後不良)、
  5) 遺伝子変異の存在部位、遺伝子変異の型、
  6) T間隔延長の程度、その他。

 近年, LQTの遺伝子背景が大分明らかになり、遺伝子型に特異的な心事故誘発因子や治療法などが明らかにりつつあり、本症の予後評価についても、単にQT間隔延長の程度のみでなく、性・遺伝子型・病歴・家族歴・QT間隔延長の程度などを総合的に評価して、予後評価に役立てるという考え方が一般的になってきた。



1.LQT1における遺伝子変異部位による予後の相違
 LQT1においては、pore領域に遺伝子変異部位がある例では、他の部位(N端末、C端末)に変異がある例に比べて著しく予後が悪い。下図は遺伝子変異の存在部位別に見たLQT1症例での累積初回心臓発作発生率を示す。   

遺伝子変異の存在部位別に見た累積初回心臓発作発生率
遺伝子変異の存在部位別に見た累積初回心臓発作発生率
Moss AJ et al:Circulation 2002;105,794

2.遺伝子型による予後の相違

 Zarebaらは、LQTを家系内に認める38家系、1378名の内、541例の遺伝子型を調査し、これらの遺伝子型により分類した各群の予後を調査し、遺伝子型はLQTの予後に影響することを結論している(Zarebaら:
(N Eng J Med 1998;339:960-965)。下表はZarebaらが遺伝子型の研究に用いた研究対象を示す。

遺伝子型 例数
LQT1 112 45.5
LQT2 72 29.3
LQT3 62 25.2
246 100.0

 下表は、上記のLQT3群について、出生から40歳までの間における心事故(失神、心停止、急死)出現例数(%)、初回発作出現年齢の中央値、心停止からの蘇生例、LQTに関連した死亡例を示す。

項目 LQT1(112例) LQT2(72例) LQT3(62例)
例数 例数 例数
心事故(≧1回) 70 62.5 33 45.8 11 17.7
心事故(≧2回) 41 36.6 26 36.1 3 4.8
心事故初発年齢(歳) 9 / 12 / 16 /
心停止 8 7.1 4 5.6 2 3.2
LQT関連死亡 2 1.8 0 0 2 3.2
(Zarebaら:N Eng J Med 1998;339:960-965)

 このZarebaらの研究によると、LQT1-3の3群間における出生から40さいまでの間の累積死亡率は近似しているが、心事故出現率はLQT1,2群の方がLQT3群よりも多く、心事故中に死亡する可能性はLQT3 がLQT1, 2群よりも有意に高いとの結果である。

 下図左はZazrebaらの研究に基づく、LQT1-3の3群における1-40歳の間における累積心事故出現率、下図右は累積死亡率を示す(Kaplan-Meier曲線)。

LQT1-3型での生後〜40歳における累積心事故出現率(左)とLQT関連死亡率(右)(Kaplan-Meier曲線)
LQT1-3の3群における1-40歳の間における累積心事故出現率 LQT1-3型での生後〜40歳におけるQT関連死亡率
(Zarebaら:N Eng J Med 1998;339:960-965)

.LQT1における性別による累積無心無事故率  

 下図は、LQT1における男性と女性に分けた場合の累積無心事故率(%)を示す。男性においては、最初の心臓発作の出現年齢が女性よりも早く、5歳からその差が有意となり、その後もその差が持続した。LQT2とLQT3については、このような性差は認められていない。

LQT1における性別に見た累積無発作率(%)
LQT1における性別に見た累積無発作率(%)
LQT2およびLQT3については、このような性差は認められなかった。

4.QT間隔延長度、遺伝子型、性、年齢の総合的評価によるQT延長症候群のリスク層別化

 Pryoriら(2003)は、LQT1-3に属する193家系、647例のLQT例の遺伝子分析を行い、Zarebaらと同様の予後評価についての検討を行い、各遺伝子型別にQTc、年齢、性の予後評価における意義について検討し、Zarebaらとは若干異なる成績を得、これらを総合的に評価する「LQTにおえるリスクの層別化」シェーマを提唱した。

 下表は、Pryoriらが示したLQT1-3群における40歳以前における治療開始前の最初の心事故の頻度を示す。この研究によるとLQT1ではLQT2, 3よりも心事故が少ない。

分類 例数 40歳以前の治療開始前
の最初の心事故
例数
LQT1 386 116 30.1
LQT2 206 95 46.1
LQT3 55 23 41.8
647 234 36.2


 下表は、3群間における心臓発作の初発年齢の平均値と標準偏差および各群における男女間の平均値の統計的比較結果を示す。心臓発作の諸発年齢は、LQT1,2群ではさがなかったが、LQT3では男性の方が若年で心事故を発症している。

分類 心臓発作の初発年齢(歳)
男性 女性 統計的検定(p)
LQT1 11±9 18±15 0.006
LQT2 13±10 22±12 0.003
LQT3 16±12 23±18 0.24
全体 13±9 20±14 <0.001

 下表はPryoriらが示したLQT1-3群における40歳以前における治療開始前の急死ないし心停止(蘇生例)の頻度を示す。LQT1では、LQT2,3群に比べて、急死/心停止例の頻度が少ない。

分類 例数 急死・心停止例 頻度(%/年)
例数
LQT1 男性 169 17 10.1 0.33
女性 217 20 9.2 0.28
386 37 9.6 0.30
LQT2 男性 81 11 13.6 0.46
女性 125 30 24.0 0.82
206 41 19.9 0.60
LQT3 男性 25 6 24.0 0.96
女性 30 3 10.0 0.30
55 9 16.4 0.56
男性 275 34 12.4 /
女性 372 53 14.2 /
合計 647 87 13.4 /

 下図は、LQT 580例における各遺伝子型別に見た累積無心事故生存率曲線を示す。LQT1群は、LQT2,3群に比べて良好な無心事故生存率を示した。

LQT3群(580例)の無心事故生存率曲線(Kaplan-Meier曲線)
LQT 580例における各遺伝子型別に見た累積無心事故生存率曲線
Priori SG et al:New E J Med 2003;348:1866-74

 LQTの予後は、QT間隔の影響を強く受けることが古くからよく知られている。このため、PrioriらはBazett 式で補正したQTcによりLQTを4群に分類し、これらの各群における累積無心事故生存率を下図のように示している。この図を一見して分かるように、QTc間隔延長と共に累積無心事故生存率は低下している。

LQTにおいてQTcにより分類した4群における累積無心事故生存率(%、580例)



 Pryoriらは、このようにLQTの予後は、遺伝子型、性、QTc間隔などのいろんな要素の影響をうけるため、その予後評価に当たってはこれらの諸因子を総合的に評価することが必要であるとして、下図のようなLQTの予後評価の階層化シェーマを示している。
遺伝子型、性、QT間隔を用いる総合的なLQTのリスク評価 遺伝子型、性、QT間隔を用いる総合的なLQTのリスク評価
(Priori SG et al:New E J Med 2003; 348:1866-74

下表は、上図を臨床応用しやすいように表として示したものである。

QTc・遺伝子型・性別の総合評価によるLQTのリスク層別化
リスク 死亡率 QTc 遺伝子型
高リスク ≧50% QTc≧500msec LQT1
LQT2
LQT3(男)
中等リスク 30-49% QTc<500msec LQT2(j女)
LQT3(女)
LQT3(男)
低リスク <30% QTc<500msec LQT2(男)
LQT1
Pryori SG et al: N Eng J M 2003:348,1866-74

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