2.5 QT延長症候群における低浸透度

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 先天性QT延長症候群は遺伝子変異によりおこる。しかし、家系調査を行っても失神・急死例がなく、また家族の心電図を記録してもQT間隔延長を認めないような例が少なからず存在している。このような例は弧発例(sporadic case)と呼ばれ、突然変異により生じた者であり、心電図にQT間隔延長を認め成り家族メンバーは正常であると考えられてきた。このような考え方の背景には、先天性QT延長症候群の遺伝性疾患としての浸透度(penetrance)は100%でアルとする考え方が基本的に存在している。

 一般に、遺伝性疾患の浸透度(penetrance)とは、「ある遺伝子を持つ個体群の中で、一定条件下で期待される形質を表す固体の割合を示したものである」と定義される。例えば、優性遺伝子を持つ固体全部が突然変異形質を表すとすれば、その遺伝子は完全な浸透度を示すという。(King RC,Stansfield WD:(西郷薫、佐野弓子監訳:遺伝子学用語事典(第4版)、東京化学同人、東京、1993)

 Pryoriらは、この問題を検討するために、先天性QT延長症候群 発端者(proband) 9例の属する家系について家族メンバーの臨床的検討(心電図、病歴など)と共に詳細な遺伝子異常の検索を行った。これらの9例のprobandの中の4例の両親では遺伝子異常が認められなかったため、これら4例はsporadic caseであると考えられる。それで残りの5家系における家族メンバー45例(probandを含む)について遺伝子変異の有無と心電図上のQT間隔延長所見の有無について検討している。

 これらの5家系の家族メンバー中には20例の遺伝子変異例を認めた。これらの20例中5例(25%)に心電図異常、失神などの臨床所見を認めた。従ってこれらの5家系の調査から定めた先天性QT延長症候群の浸透度は25%となる。これらの5家系には、その他に3例の急死例があり、これらの急死例では遺伝子解析を行うことが出来なかったが、恐らく遺伝子異常を持っていたと推定される。そのた、これらの急死例を遺伝し変異陽性例に含めると、遺伝し変異は23例、臨床所見陽性例が8例となり、浸透度は34.8%(8/23)となる。

 下図は、PryoriらがLQTにおける低浸透度を示す例として示した家系の家系図と家系構成メンバーの心電図である。probandは著明なQTc延長を認め、T波形も2峰性を示すが、他の遺伝子変異を持っていた他の3名および遺伝子変異を持たない1例は、何れも正常QTc間隔およびT波形は正常で、この家系における浸透度(penetrance)は25%(1/4例)である。

LQTにおける低浸透度を示す家系
Plyori SG et al:Circulation 1999;99,529-533

 上図で分かるように、probandはQT間隔も485msceと著明に延長し、T波形も結節を示し,典型的なLQTの所見を示しているが、他の家系メンバーで遺伝子変異のcarrier例のQT間隔延長の程度は軽く、またT波形も正常であり、失神などのLQTを思わせる臨床症状もなく、臨床的にはLQTの診断を下すことは困難である。しかしながら、このような例も運動(ことに水泳)、薬物使用などの誘因が加わると顕性化し、致死的不整脈を惹起し得る可能性は極めて高いため、LQT家族例では臨床的にLQTを思わせる臨床所見がない例でも、全例について遺伝子解析を実施することは極めて大切なことである。

 遺伝子変異の低浸透性に基づき、一見、正常心電図を示す例(無症候性carrier)でも、下記のような負荷が加わると顕性化して重篤な不整脈発作や急死を起こし得るから注意を要する。

   1.強いtrigger因子負荷(運動など)、
   2.強い交感神経刺激、
   3.Kチャネル阻害薬(二次性QT延長症候群を惹起し得る諸薬剤)の服用。

 このような非典型例の診断には、遺伝子解析が最も有用であるが、臨床的検査法としては運動負荷試験とエピネフリン負荷試験も有用である。

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