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QT延長症候群の家系の中には浸透度の低い家系があり、失神の病歴、急死の家族歴もなく、ある年齢に達して突然、失神発作を起こす例がある。下図はPrioriらが、QT延長症候群家系において、発端者のみが臨床的にQT延長症候群と診断され、他の家族メンバーは遺伝子異常を持っているにもかかわらず、臨床症状および心電図所見からQT延長症候群と診断することが出来ない例が多く認められた家系の1例を示す。
この家系におけるQT延長症候群の浸透度(penetrance)は25%である。
発端者のみが臨床的にQT延長症候群と診断できた。 家系には、他に3名の遺伝子異常者がいるが、これら の例は臨床的にはQT延長症候群と診断できなかった。 (Priori SG et al: Circulation 1999;99:529-33) |
このように遺伝子異常を持っているが、失神病歴や急死の家族歴もなく、心電図も正常範囲の所見を示す例は決して少なくない。このような例が運動、精神的ストレス、薬剤(Kチャネル遮断薬)服用などにより、危険な不整脈が誘発されたり、急死などの心事故を起こす危険がある。
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下表は、LQT1およびLQT2における男女別にみた症状初発年齢を示す(Takenak K, et al:Circulation、2003;107:833-44)。
LQT分類 | LQT1 | LQT2 | |
例数 | 51例 | 31例 | |
症状初発年齢 | 男性 | 8±3歳 | 12±12歳 |
女性 | 25±20歳 | 17±8歳 |
QT延長症候群における運動負荷試験の意義は、下記の2点にある。
1. 潜在性QT延長症候群症例の顕性化、
2. LQT!とLQT2の鑑別診断。
これらの点に関し、Takenakaらは極めて興味深い研究を行っているので、以下その研究を紹介する(Takenaka K et al: Circulation. 2003;107:838-44)。
Takenakaらは、LQT1 30例、LQT2 19例および正常対照者22例で運動負荷試験を行い、負荷前および負荷中の心電図についてT波形および再分極波の時間計測を行って相互に比較し、LQT1およびLAQT2では、運動により典型的な波形に変化する例があり、何れの群でもcontrol群に比べてQTcが有意に延長するが、LQT1とLQT2群では運動による再分極の時間指標は異なった態度を示すため、運動負荷試験はLQT1とLQT2との鑑別に有用であることを指摘している。
TakenakaらはLQT1およびLQT2に見られたT波形を下図の如く分類している。
1)LQT1:
A..broad-based T wave
B.normall-appearing T wave
C.late onset T wave
2) LQT2:
2峰性T波が特徴的で、この場合、最初の峰をT波と見なし、後方の峰をT波下行脚の結節(notch)とみなす。
D.bifid(L):最初の峰(T波の頂点、Tp)が後方の峰より振幅が高い。
E.bifid(S):最初の峰(T波の頂点、Tp)よりも後方の峰の振幅が高い。
LQT1に見るT波の3型およびLQT2にみるT波の2型 A:broad-based T wave、B:normall-appearing T wave、 C:late onset T wave。 D:bifid(L)、E:bifid(S) (Takenaka K et al: Circulation 2003;107:838-844) |
LQT1およびLQT2の各群における運動負荷前および負荷中のT波形の変化はは下表の如くである(Takenakaらの研究資料に基づいて作成)。
/ | 運動前 | 運動中 | |||
例数 | % | 例数 | % | ||
LQT1 (30例) |
broad-based | 13 | 43.3 | 23 | 76.7 |
normal appearing | 8 | 26.7 | 1 | 3.3 | |
late onset | 7 | 23.3 | 2 | 6.7 | |
bifid | 2 | 6.7 | 4 | 13.3 | |
計 | 30 | 100.0 | 30 | 100.0 | |
LQT2 (19例) |
broad-based | 6 | 31.6 | 1 | 5.3 |
bifid (L) | 6 | 31.6 | 10 | 52.6 | |
bifid(S) | 5 | 26.3 | 6 | 31.6 | |
biphasic | 1 | 5.3 | 1 | 5.3 | |
normal appearing | 1 | 5.3 | 1 | 5.3 | |
計 | 19 | 100.0 | 19 | 100.0 |
上の表から分かるように、LQT1では運動によりbroad-basedが著しく増加し、76.7%に達している。また、LQT2では運動によりbifid型が増加し、全例の84.2%がbifid型になっており、ことにbifid (L) の増加が著明である。このような運動負荷により波形変化もLQT1およびLQT2型における遺伝子型の推定に役立つ。
Takenakaらは、運動前後における再分極指標の計測値の変化が、LQT1とLQT2の鑑別に有用であることを指摘している。再分極指標としては、(1)QTc、(2)QTpecの2項目を計測している。この内、QTcはQRS波の起始部からT波終末部までの時間で、Bazett式を用いて心拍数による補正を行っている。Tpecとは、T波の頂点からT波終末部までの時間で、心筋層内再分極時間の分散の指標(intramural repolarization dispersion)として用いている。
下表は、LQT1およびLQT2のV5誘導に見られた典型的心電図波形と再分極指標計測方法を示す。この図に示された数値は負荷前の基礎状態における計測値である。既述したように、2峰性T波については、最初の峰をT波と見なし、後方の峰はT波下行脚の結節(notch)と見なして計測している。
LQT1,LQT2のV5誘導の代表的心電図波形と再分極指標の計測値 (Takenaka K et al: Circulation. 2003;107:838-44) |
下図は、LQT1,LQT2,Control群の3群のQTc、Tpecの平均値の運動負荷前(Baseline)および運動負荷極期におけるpecの平均値を図示したものである。LQT1においては、運動負荷によりQTcおよびTpecが何れも増大している。Tpec(T波の頂点からT波終末部までの時間)は心筋層内再分極分散を反映しているため、その増大は心室頻拍などの不整脈が起こりやすい状態にあることを示している。このことはLQT1においては、運動負荷後に失神、突然死などの心事故が多いことを裏付けている。
、下図は、LQT1, LQT2, Contorol群の3群において、運動を負荷した際のRR間隔とTpecとの相関図である。3群共にRR間隔とTpecとの間には直線相関が認められるが、興味深いことは、LQT2およびControl群においては、運動負荷による心拍数増加(RR間隔短縮)と共にTpecは減少しているが、LQT1においてはこれらの2群とは逆に、運動による心拍数増加(RR間隔減少)と共に、Tpecは著明に増加している。LQT1, LQT2, Contorol群の3群について、それぞれ回帰直線(Y=aX+b)を求めることが出来るが、各群における回帰直性の傾き(slope)は、それぞれー0.10、 0.37および0.10であった。このことは、LQT1では、運動により心拍数が増加すると共に(交感神経緊張度が増加すると共に)、Tpecが増加し(貫壁性再分極分散が増加し)、心室頻拍などの悪性不整脈が出現しやすくなることを反映している。
LQT1,LQT2,Control群における運動中のRR間隔 とTpecとの相関図:直線はそれぞれの回帰直線。 Control群、LQT2群では、心拍数増加と共に Tpecは減少しているが、LQT1では増加している。 (Takenaka K et al: Circulation. 2003;107:838-44) |
下図は、LQT1,LQT2,Controlの3群におけるRR間隔とTpe(T波の頂点からT波終末部までの時間)との回帰直線(Y=aX+b)における傾き(a、slope)の散布図を示す。LQT1ではLQT2およびControl群に比べて有意の低値を示し、中には負の値を示す例もあり、LQT2およびControl群と明瞭に区別することが出来る。
Tpe/RR:運動負荷試験におけるTpeとRR間隔の回帰直線 の傾き(slope):LQT1ではLPT2およびControl群に比べて、 傾きが有意に小さく、LQT2群の分布との間に重なりが 少なく、両者の鑑別に有用である。 (Takenaka K et al: Circulation. 2003;107:838-44) |