2.8 QT延長症候群の心電図波形の成因

遺伝性不整脈へ LQT目次へ LQTの予後

1.QT延長症候群の遺伝子変異とそのイオン機序

 QT延長症候群の成因として、心臓を支配する左右の交感神経機能の不均衡説が重視された時代がありましたが、現在では心筋細胞膜のイオンチャネルを支配する遺伝子変異によることが明らかとなりました。そして、本症の特徴的心電図所見であるQT間隔延長は、この遺伝子によりcodeされた心筋細胞膜のイオンチャネル軒脳障害と密接に関係することも明らかになりました。


 下表はQT延長症候群各型における変異遺伝子とそれによるイオン電流の変化を示す。
病型 変異遺伝子 イオン電流の変化
LQT1 KCNQ1 Iks減少
LQT2 KCNH2 Ikr減少
LQT3 SCN5A INa減少
LQT4 Ankyrin-B INa・INa/Ca減少
LQT5 KCNE1 Iks減少
LQT6 KCNE2 Ikr減少
LQT7 KCNJ2 Ik1減少
LQT8 CACNA1C ICa-L減少
LLN1 KCNQ1 Iks減少
JLN2 KCNE1 Iks減少

2.QT間隔に関与するイオン電流
 QT延長症候群における最も重要な心電図所見はQT間隔延長である。QT間隔に関与するイオン電流の変化は下表の如くである。

QT間隔 細胞膜イオン電流の変化
延長 1.外向き電流の減少
2.内向き電流の増加
短縮 1.外向き電流の増加
2.内向き電流の減少

 下表に心筋細胞におけるイオン電流の方向と活動電位持続時間との関係を示す(有田真:イオンチャネル、活動電位からQT[間隔へ.有田真ら:QT間隔の基礎と臨床、医学書院、東京,1999)

/ 内向き電流 外向き電流
イオン Na+.Ca++ K+
イオン電流の変化 増大 減少 増大 減少
静止電位 脱分極
(浅くなる)
過分極
(深くなる)
過分極
(深くなる)
脱分極
(浅くなる)
活動電位持続時間
 (APD)
延長 短縮 短縮 延長
再分極 遅延 促進 促進 遅延
不応期 延長 短縮 短縮 延長


3.K チャネル
 QT延長症候群には種々のイオン機序が関与するが、中でもKチャネルの異常の関与が大きい。従って、心筋細胞に存在する各種のKチャネルについて、山下武志著「心筋細胞の電気生理学、イオンチャネルから心電図、不整脈へ」(メディカル・サイエンス・インターナショナル、東京,2002)を参考にして紹介する。

3.1 心筋に存在する各種のKチャネル
 心筋細胞に存在するKチャネルには下記のようなものがある。 
 1)電位依存性K+チャネル(kv)
   (1) 一過性外向き電流(Ito)
      この電流は脱分極に伴って速やかに活性化し、その後、不活化する。活動電位第1相に関与し、内向き電流の行き過ぎを是正する作用がある。
   (2) 遅延整流K電流(Ik)
      脱分極によりゆっくり活性化し、ほとんど不活化しない。活動電位のプラトー相を形成した後、徐々に再分極を促す。活動電位の第3相に関与している。
      遅延整流K+電流2は次の3種がある。
     i) 超急速活性化遅延整流K+電流(Ikur)
     ii) 急速活性化遅延整流K+電流
(Ikr)
     iii) 緩徐活性化遅延整流Kチャネル
(Iks)
 下図は、電位依存性K電流の時間経過を示す。

電位依存性K電流の時間経過
電位依存性K+チャネル群
山下武志「心筋細胞の電気生理学、イオンチャネルから心電図、不整脈へ」
(メディカル・サイエンス・インターナショナル、東京,2002)

  2) 内向き整流K電流(Kir)(リガンド感受性K+電流)
     内向き整流K電流には下表に示す3種がある(Kir=inwardly rectifying K channel)

生理学的命名 分子生物学的命名 機能
Ik1 Kir 2.1およびKir 2.2 静止電位維持、活動電位プラトー相形
IkAch Kir3.1とKir3.4の複合体 副交感神経刺激によるIk1増加効果
IkATP Kir6.2とSUR2との複合体 細胞内ATP低下によるIk1増加効果
山下武志著「心筋細胞の電気生理学、イオンチャネルから心電図、不整脈へ」
(メディカル・サイエンス・インターナショナル、東京,2002)

   A.Ik1の機能と臨床的意義:
    Ik1には次のような2つの機能がある。
    (1)膜静止電位の維持:膜電位が、K+の平衡電位より(−)になれば内向きに電流を流し、(+)になれば外向きに電流を流す。   
    (2)活動電位のプラトー相形成:ー40〜ー90mVの間で外向き電流を流す。

   Ik1の臨床的意義としては、次の2点が重要である。
    (a)Ik1は細胞外液のK+濃度に依存する。
       IK1は低K+状態では流れ難く、高K+状態では流れやすい。低Kでは外向き電流が小さくなり、第3相の傾斜がゆるやkになる。そのため、T波の平低化、QT間隔延長が起こる。高Kでは、その逆の現象が起こる。
    (b) 異常自動能の発生
       Ik1はK+の平衡電位より40mV以上浅くなると流れなくなり、このチャネルによる膜の安定性を維持できなくなり、自動能が出現しやすくなる(浅い膜電位からの自動能出現)。     

  B. そのたの無知向き整流型K+チャネル群の機能
    (1) IkAch:心室筋にはなく、洞結節、心房筋に多い。
    (2) IkATP:虚血などの細胞内ATP濃度低下で活性化される。
   これらの活性化は、実質的にはIk1活性化と同様の効果があり、外向き電流が流れ、活動電位持続時間を短縮する。

3.QT延長症候群における特徴的心電図波形の成因
 QT延長症候群の内、LQT1が占める割合は42%、LQT2は45%、LQT3は8%といわれており、これらの3型で全例の95%を占める。M0ssらは、LQT1,2,3の3型の標準肢誘導心電図波形は下記の如く特徴的波形をう示すことを報告している。
  1) LQT1型:幅が広いT波(broad based T wave)。
  2) LQT2型:結節を伴う低いT波(low-amplitude、notched T  wave)、
  3) LQT3型;ST間部が長いT波起始部が遅いT波(late appearing T wave)。
 清水らは、これらのLQT各型のT波の特徴は、心室筋層をの構成する3種の心筋細胞群の活動電位再分極相の特徴によるとし、薬理学的に作成したこれらの3群のモデルにおいて立証している。下図は、動脈血灌流左室心筋切片のQT延長症候群3型の薬理学的モデルにおける異常T波の細胞学的成因を示す模型図である。 Aはcontrol, B〜DはLQT1、LQT2, LQT3モデルである。LQT1モデルは、Iks遮断薬(chromano1293B)およびβ刺激薬(isopuroterenol)投与により作成したもので、貫壁性再分極のバラツキが著明となり、LQT1に特徴的なbroad-based T waveの所見を示す。CはIkr遮断薬(d-sotalol)と低K+液灌流により作成したLQT2モデルで、3種の細胞群の活動電位第3相が緩徐化し、notchを伴う低いT波が出現している。Dはlate INa増強薬であるATX-Uの灌流により作成したLQT3モデルで、3つの細胞群の活動電位第2相が著明に延長し、第3相が急峻化してLQT3型に特徴的な波形であるlate appearing T waveを示している。

LQT3型異常T波の左室心筋切片を用いる薬理学的モデルでの細胞学的成因を示す模型図
LQT3型異常T波の左室心筋切片を用いる薬理学的モデルでの細胞学的成因を示す模型図
 略語:Endo、M cell、Epi:心内膜筋細胞、中層にあるM細胞、心外膜筋細胞の活動電位、
 ECG;貫壁性双極誘導電位図、Clinical ECG;V5誘導心電図。A:control, 
 B:LQT1モデルで、貫壁性再分極のバラツキが著明となりbroad-based T waveを示す。
 C:LQT2モデルで、3種の細胞群の活動電位第3相が緩徐化し、notchを伴う低いT波が出現している。
 D:LQT3モデルで、3つの細胞群の活動電位第2相が著明に延長し、第3相が急峻化して late 
 appearing T waveを示す。
 (清水渉:先天性QT延長症候群における心室性不整脈の発生機序.循環器科46:270-278,1999より
 改変引用)

4.QT延長症候群における心室性不整脈出現機序
  QT延長症候群においては特徴的なtorsade de pointes(TdP) と呼ばれる特徴的な波形を示す多形性心室頻拍を起こす。torsade de pointesは容易に心室細動に移行する危険な不整脈である。TdPは心室性期外収縮を引き金として誘発されるが、この期外収縮の出現機序としては、心内膜側のPurkinje 細胞の早期後脱分極(early afterdepolarization)からの撃発活動(triggered activity)であると考えられているが、その維持機序としてはreentryが考えられる(森博愛、坂東重信ら:心臓ペーシング,4(3):252-264,1988)。



 TdPが出現する前に、しばしば「long-short phenomenon」という心電図所見が認められる。この現象は、「long -short ventricular sequence, long-short initiating cycle length」などともよばれている。この現象は下図に示すように、心室期外収縮後の代償休止期があり、それに続く基本調律の心室群の後に短い連結期で心室期外収縮が出現する場合をいう。しばしば、後者の心室性期外収縮は先行収縮のT波に重なって出現し、「R on T現象」を示す。Kayらは44例のTdP中41例(93.2%)にこの現象を認めている(Kay GN et al:JACC 2:806,1983)。これは、long -short ventricular sequenceにおいては、長い拡張期に心筋の再分極の不均一性が増加し、次いで短い間隔でR on T現象を起こすため、心筋の過敏性が増加し、TdPが誘発される。

long-short phenomenon
Long-short phenomenon
*の心室性期外収縮の代償休止期の後の正常収縮に短い連結期で心室性
期外収縮(**)が出現すると、それを契機としてTdPが誘発される。

 TdP誘発のトリガーは、R on T現象を示す心室性期外収縮による場合が多い。Kayらは、32例に44回のTdP発作を認め、内38回(86.4%)にR on T現象を認めている(Kay GN et al:JACC 2:806,1983)。

5.心臓交感神経支配の不均衡
 QT延長症候群の遺伝子解析に関する研究の進展と共に、交感神経支配の不均衡説は本症候群の本質的原因ではなく、発作誘発などの二次的因子として関与している。

 QT延長症候群における心臓交換心kねい支配の不均衡説においては、右心臓神経の機能低下、左心臓神経の反射性機能亢進が本症の病態形成に関与するとし、その機序 は次のように説明されている。

 右心臓交感神経支配の低下 →左心臓交感神経の相対的優位 → 心室再分極相K電流のブロック → 心室早期後脱分極 (early afterdepolarization) 亢進に基づく撃発電位 (triggered activity) → 閾膜電位到達 → 心室筋異常興奮出現 → 心室性不整脈発現

QT延長症候群の予後評価へのリンク この頁の最初へ
QT延長症候群の予後評価へ