4.脂質異常症の診断基準と治療

次へ(突然死の原因と対策) 循環器病の目次へ

 脂質異常症が虚血性心疾患の重要な危険因子であることは周知の事実である。冠動脈硬化症の発生原因を巡って、高コレステロール血症が重要であるとして「コレステロール仮説」という概念が生まれたが、最近の研究結果は、決して仮説ではなく、真実であることが認識された。しかし、一方では高コレステロール血症以外にも動脈硬化に関与するいくつかの因子が関与することも明らかになってきた。

 最近、高コレステロール血症治療薬として、コレステロール生合成過程の律速段階に抑制的に作用してコレステロールの生合成を抑制するHMG-CoA(hydroxymethylglutaryl-CoA)還元酵素阻害薬が登場してから高コレステロール血症の治療法は著しく進歩した。 

 血清コレステロール値が8%低下すると、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞など)の発症率は19%低下する事が指摘されている。また、血清コレステロール≧220mg/dlでは虚血性心疾患の発症率が急上昇する。薬物療法で、冠動脈病変の進展が抑制されることなども知られている。このように高コレステロール血症の予防及び治療は虚血性心疾患の予防、治療に極めて大切である。
 他方、血清総コレステロール値が正常でもでも狭心症、心筋梗塞症などの虚血性心臓病に罹患する人も少なくなく、このような人では血清中性脂肪高値、血清HDL-コレステロール値が低値な人があり、全体的な血清脂質異常への取り組みは必要である。

1.脂質異常症の診断基準

 一般的には、下表の3項目の何れか1つを満たせば脂質異常症と診断する。しかし、虚血性心疾患の予防、治療の目的にはすでに虚血性心疾患を合併しているか否か、あるいは虚血性心疾患に対する危険因子の有無により、血清脂質の目標値を更に下方に厳しく設定しなくてはならない〔後述)。

項目 正常値(mg/dl) 高脂血症(mg/dl)
中性脂肪 <150 ≧150
HDL-コレステロール ≧40 <40
LDL−コレステロール <140 ≧140

 LDL−コレステロールは直接測定するのが一般的であるが、下式により算出される場合があるが、この場合は中性脂肪>400mg/dlの場合には計算式の信頼性が低くなるため算出しない。
             LDL-コレステロール=総コレステロール−HDLコレステロール−1/5中性脂肪

2.冠動脈疾患の予防、治療の観点から見た高コレステロール血症の管理目標
  虚血性心疾患に対する危険因子保有の有無により、治療目標および生活指導・薬物療法開始レベルが異なる。

治療指針 分類 LDL以外の
危険因子数
脂質管理目標値
LDL HDL 中性脂肪
一次予防 1群(低リスク) 0 <160 ≧40 <150
2群(中リスク) 1-2 <140
3群(高リスク) ≧3 <120
二次予防 糖尿病、動脈硬化
性疾患の前病歴
<100
危険因子とは下表のようなものである。
高齢(男性≧4エ歳、女性≧55歳
高血圧
耐糖能異常
喫煙
冠動脈疾患の家族歴
HDLコレステロール<40mg/dl

〔註〕一次予防:現在、動脈硬化性疾患にかかっていない人での予防法、
   二次予防:現在、動脈硬化性疾患(虚血性心疾患、脳梗塞、閉塞性下肢動脈硬化症など)、糖尿病に罹患している人での予防法。. 

3.リスク群別に見た治療指針

一次予防 低リスク群 生活法改善

目標値が得られない場合は
薬物治療を併用する。
中リスク群
高リスク群
二次予防 生活指導+薬物療法

4.食餌療法
 1)第1段階
  (1)総カロリー:標準体重×(25〜30)kcal
  (2)栄養素:
   a)含水炭素:摂取総カロリーの60%
   b)蛋白:摂取カロリーの5-20%(大豆などを多くする)
   c)脂肪:摂取カロリーの20〜25%(植物性油、魚油を多くする)
   d)コレステロール:1日300mg以下。
   e)食物線維:25g/日以上
   f)アルコール:25g以下(酒換算1合以下)
   g)その他:野菜を多く摂り、果物を適量(80〜100kcdal/日以内)

  2)第2段階「
   第1段階の治療で目標値に達しない場合は食餌療法を強化する。
   A. 高LDLコレステロール血症
     a)脂肪制限の強化:摂取総カロリーの20%以下にする。
     b)コレステロール摂取量:1日200mg以下に減らす。
     c)摂取脂肪の飽和/一価不飽和/不飽和脂肪酸比を3:4:3にする。
   

   B. 高中性脂肪血症
     a)禁酒
     b)炭水化物:摂取カロリーの50%以下にする。
     c)蔗糖類:可能な限り制限する(100kcal/日の果物以外は調味料として用いたもののみに制限する。

   C. 高カイロミクロン血症
     脂肪性源:摂取カロリーの15%以下。

各種食品中のコレステロール含量(mg/dl)

A,貝類
  しじみ      125
  赤貝        78
  あさり       76
  はまぐり      69
  かき         7
B.頭足、甲殻類
  まだこ      139
  するめいか   180
  もんごいか   123
  あしあかえび  156
  たいしょうえび 132
   くるまえび    164
  たらばがに    53
  まつばがに   72
C.卵類
  にわとり(黄身)1030
       (白身)   0
  うずら(黄身)   950
      (白身)    0
  あひる(黄身)  740
      (白身)   0
  たらこ      445
  すずこ       485
  かずのこ     225
  たいのこ     345
  たいのしろこ  338
D.肉類
  牛 (ロース)   54
     (並肉)    68
  豚 (ロース)  66
     (並肉)   69
  鶏 (もも)   114
    (てば)    63
    (きも)   391
   (すなずり) 175
  羊        58
  鯨        62
E.肉加工品
  ハム(ロース)  59
     (A)     54
     (B)     48
     (C)     41
  焼き豚       4  
  べーこん     53
  コンビーフ  40
  ソーセージ  47
F.魚類
  はも      53
  まぐろ     50
  たい      52
  はまち    56
  かつお    64
  ひらめ    60
  いわし    85
  たちうお   68
  あじ      38
  かれい     41
  めばる    72
  さば      57
  きす     150
  いさき    79
  べら      61
  いとより   76
  かます     79
  さんま     99
  さけ       62 
  ししやも  262
  しらさぎ  131
  うなぎ   122
  あゆ    137
  鯉      65
  鮒      52
  もろこ   212
G.魚肉加工品
   かまぼこ  41
  竹輪     19
  てんぷら   49
  あんぺい   17
  あつやき  136
  そーせーじ  30
H.油脂類
  チーズ    100
  バター    220
  マーガリ    60
I.乳製品
  クリーム    65
  ヨーグルト   8
  牛乳      10

コレステロールが多い食品、少ない食品

コレステロールが多い食品 コレステロールが少ない食品
卵黄
卵類(すじこ、たらこ、数の子、白子、等)
生クリーム
バター、ラード、マヨネーズ
もつ類(牛レバー、鶏もつ、豚レバー)
菓子類(カステラ、バームクーヘン、エクレア、
クッキー、等)
魚介類(うなぎ、わかさぎ、めざし、ししやも、
あなご、いか、するめ、うに、たこ、えび、
あさり、しじみ、はまぐり、しらすぼし、
ほたて貝)
卵白
牛乳、ヨーグルト
植物油(サラダ油)
穀類、芋類、野菜類、果物、海草類
豆類(豆腐、高野豆腐、納豆、小豆、など)
魚類(たら、かれい、ひらめ、すずき、等

各種の油脂の脂肪酸組成(%)

油脂の種類 飽和脂肪酸 一価不飽和脂肪酸 多価不飽和脂肪酸
ベニバナ油
大豆油
とうもろこし油
綿実油
ごま油
米ぬか油
菜種油
落花生油
オリーブ油
カカオ・バター

12.0
13.5
11.3
23.0
12.3
20.0
7.0
17.0
10.0
57.0

8.0
28.5
46.3
28.6
48.1
45.0
17.0
61.0
83.0
41.0

80.0
58.0
41.8
47.2
38.6
34.0
25.0
22.0
7.0
2.0
クルミ
カヤの実
松の実
大豆
5.1
9.0
5.0
11.2
17.6
-
74.1
33.4
76.0
72.0
20.0
53.8
鶏脂
卵黄
豚脂
牛脂
バター
26.0
33.0
45.0
60.0
64.0

52.0
50.0
40.0
33.0
29.0
17.0
11.0
10.0
2.0
4.0

 5.運動療法
  1)運動強度
    脈拍数が(138−年齢/2)になる程度の運動量。またはボルグ・スケール=11〜13程度(楽である〜ややきつい程度)。
  2)運動量、頻度
   30分/日以上、毎日、180分/週以上。

 6.適正体重維持と内臓脂肪量減少を図る。
  1)体格指数(BMI)=22を目標とする。
     BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)
  2)臍のレベルでの腹囲:男性<85cm, 女性<90cm
  3)現在の体重の5%減少、臍レベルでの腹囲の5%減少を目指す。

 7.薬剤治療 
   脂質異常の型による脂質異常治療薬の選択

薬剤 脂質異常症の種類
高LDL 高中性脂肪 低HDL
スタチン +++
陰イオン交換樹脂 ++ -
フィブラート +++ ++
ニコチン酸 ++
プロブコール - ++
EPA - -
 〔註〕EPA: イコサペント酸エチル(eathyl icosapentate)

  脂質異常症の役物治療の実際 

高脂血症の種類 第1選択薬 第2選択薬
高コレステロール血症 メバロチン、リポバス ロレルコ、シンレスタール、
コレキサミン、ベザトールSR
高中性脂肪血症 ベザトールSR メバロチン、コレキサミン
両者の合併 メバロチン+ベザトールSR ロレルコ、シンレスタール

8.血清HDLコレステロール値と虚血性心疾患発症率
  血清HDLコレステロール値が低下すると共に虚血性心疾患及び急性心筋梗塞症の発症率が増加する。  

9.血清中性脂肪値と虚血性心疾患発症の相対危険度

  血清中の中性脂肪値の上昇と共に虚血性心疾患発症率が増加する。

10.血清HDLコレステロール値と血管合併症発症率

 血清HDLコレステロール値が低下すると共に男女共に血管合併症が増加する。

11.総コレステロール値およびHDLコレステロール値と虚血性心疾患発症率との関係(Framingham研究)

総コレステロール値増加と共に、またHDLコレステロール値低下と共に虚血性心疾患発症率が増加している。

高脂血症endこの頁の最初へ