Lenegre病の症例呈示

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 症例:80歳、女性
 主訴:意識喪失発作、痙攣
 前病歴:78歳時に慢性関節リウマチ
 現病歴:朝,突然、痙攣と意識喪失発作を起こしたが、数分後には自然に回復した。翌日も同様の発作があったため、精査を希望して来院した。
 入院時現症:意識はやや混濁し、血圧118/70mmHg, 脈拍数42/分、整。貧血・黄疸(−)。心音純、呼吸音正常。腹部:正常、肝・腎・脾を触れない。浮腫(−)。
 主要検査所見:総コレステロール257mg/dl、血清電解質:正常、肝・腎機能:正常。

 下図は本例の心電図である。心房頻度は111/分であるが、心室頻度は41/分と高度の徐脈を示す。QRS間隔は0.12秒と拡大している。PP間隔は概ね規則的で洞頻脈を示す。RR間隔は幅が広く、著明な徐脈を示す。P波と心室群は別個のリズムで出現し、完全房室ブロックの所見を認める。

80歳、女性。意識喪失発作。完全房室ブロック所見を示す(第2誘導)。

 入院後もアダムス・ストークス症候群が頻発するため一時ペーシングを実施した。ペーシング中止時に洞調律を示した際の標準12誘導心電図を下図に示す。QRS間隔が広く(≧120msec)、V1のQRS波形がrsR'型を示す(完全右脚ブロック)。肢誘導は著明な左軸偏位を示し(左脚前枝ブロック)、PR間隔が延長し(第1度房室ブロック)、不完全三枝ブロックの所見を示す。

本例の洞調律時の標準12誘導心電図。QRS間隔≧120msec,V1のQRS
波形のrsR'型、肢誘導軸の著明な左軸偏位(左脚前枝ブロック)、PR間隔延長
(第1度房室ブロック)などの所見から不完全三枝ブロックと診断される。

 下図は本例のヒス束電位図で、HV時間の著明な延長を認め、心室内伝導障害の所見を示す。PA時間、AH時間は正常なため、上図の心電図に見るPR間隔延長は房室結節、ヒス束における伝導障害でなく、心室内伝導障害によることがわかる。

上:第2誘導心電図、HBE:ヒス束電位図。PA時間、AH時間は正常であるが、
HV時間は著明に延長しており、心室内伝導障害がある。

 本例は、このように心室内伝導障害の結果、アダムス・ストークス症候群が頻発していたために永久ペースメーカー植え込みを行ったが、術後40日に気管支肺炎のため死亡した。

剖検所見:

 栄養不良で、左右の胸膜腔に各300mlの胸水貯留を認めた。両側気管支肺炎、胃・十二指腸多発性潰瘍を認める。心臓重量は300g、左室壁厚1.5cm, 心臓弁膜には異常はない、冠動脈には軽度の動脈硬化性変化を認めるのみである。
 剖検診断:
  1) ペースメーカー植え込み術後の状態、
  2) 気管支肺炎
  3) 胃十二指腸多発性潰瘍

 一般組織学的所見および心臓刺激伝導系の連続切片法による検討結果: 
 心室中隔上部に軽度の散在性線維化を認める。冠動脈分枝および房室結節動脈には内腔狭窄を認めない。房室結節には軽度の脂肪浸潤を認めるが、ヒス束は正常である。中心線維体の一部と思われる線維塊がヒス束直下で左脚後枝の分岐を妨げるような形で存在している(下図A)。この部の特殊心筋は著しく減少し、線維性組織に置換されている。左脚前枝は分岐部よりかなり末梢まで、特殊心筋の大部分が脱落消失し、線維束と化した脚束内の所々特殊心筋が残存している(下図C,E,F)。ヒス束から左脚前枝が分岐した後の右脚は、心室中隔上部を左室側から右室側へ斜め下方に横断しており、右脚分岐の始めの部分は筋性連続が認められるが(下図B)、少し前方ではどの断面でも特殊心筋はほぼ70-80%が脱落して線維化に陥っており、残存特殊心筋が点々と認められる(下図C, D)。右脚周囲の中隔上部の一般心筋は正常で、特殊心筋のみに選択的に線維化が出現している。

 下図は心臓刺激伝導系の組織学的所見のまとめを示すシェーマである。

心臓刺激伝導系の病理組織学的所見のまとめ

 下図は本例の刺激伝導系の組織像を示す。 

A:His束下部に線維塊があり、左脚後枝の分岐を妨げているように見える。
B:左脚前枝と後枝の分岐。右脚分岐の始めの部分(↑)には筋性連続を認めるが、末梢(↑↑)
では特殊心筋の脱落/線維化をみる。
C:Bの少し前方。著明な線維化を示す左脚前枝(LBBa)と右脚(RBB)。
D:右脚の強拡大:右脚は著明な線維化を示すが、周囲の一般心筋は正常である。
E:著明な線維化に陥った左脚前枝(LBBa)
F:左脚前枝の強拡大。特殊心筋の著明な脱落と線維化を認める。近接する一般心筋の線維化
はわずかである。

 本例は、刺激伝導系に著明な特殊心筋の脱落と線維化を認め、一般心筋の病変の程度は極めて軽いことから、Lenegreらが指摘しているような変性過程に基づく房室ブロック例と考えられ、いわゆるLenegre病に一致する。本例においても、刺激伝導系のこのような選択的な脱落/線維化を起こすような原因は見あたらなく、特発性(idiopathic)と考えられる。

 本例においては、家系についての詳細な調査や遺伝子解析を行っていないが、このような病変が家族的に認められる例の中にはSCN5Aなどの遺伝子変異が関与している例が存在している可能性がある。

 Brugada症候群は我が国ではそれほどまれな疾患ではなく、非発作時心電図がBrugada型心電図(ことにsaddle-back型)を示す例はかなり多く、日常臨床においてしばしば認められる。これらの例のすべてにSCN5A変異があるわけではないが、本例のような刺激伝導系心筋の選択的線維化を認める例の中にはSCN5A遺伝子変異が関与する例があるものと推察される。

 本例は下記の文献からの引用で、ことに病理組織学的所見については、本文献を全面的に引用した。、本例は徳島大学医学部第二内科教室症例で、ヒス束電位図記録は三河浩一が行った。
 〔高島康治、檜沢一夫、武市脩、吉村達久:特発性両脚壊死症の2例:連続切片による病理組織学的検索.心臓7(13):1537-1544,1975〕。

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