第2例  左脚前枝ブロック

心電図トップへ 第3例へ

第2例 :
症例:56歳、男性
臨床診断:高血圧症
下図は本例の心電図である。

左脚前枝ブロックの標準誘導心電図

質問:
  1) この心電図のQRS軸は?(左軸偏位、正常軸、右軸偏位)
  2) この心電図のQRS軸は何度か?
  3) この心電図の診断は?

-------------------------------------------------------------

1) この心電図のQRS軸は?(左軸偏位、正常軸、右軸偏位)
 この心電図のQRS軸は左軸偏位です。軸偏位は「平均前面QRS軸」の方向により定めます。「平均前面QRS軸」というのはmean frontal QRS axisの日本語訳で、前面図における平均的なQRSベクトルの方向という意味です。すなわち、前面図におけるQRS波の面積ベクトルを意味しています。心室脱分極の間(QRS間隔)における平均的なQRS波の方向のことです。

 ある誘導におけるQRS波の平均振幅(すなわち、QRS波の面積)は、〔底辺(QRS間隔)×高さ(振幅)〕/2で表現されます。 この際、QRS間隔はその人にとっては一定ですから恒数です。従って、ある誘導におけるQRS波の面積は、その誘導におけるQRS波の平均振幅で表現できます。平均振幅とは、その誘導における陽性波の振幅と陰性波の振幅との代数和として表現されます。

 前額面におけるQRS軸の方向を定めるには、2つの軸に投影したQRS波の平均振幅が分かればよいことになります。そのためにはBaileyの3軸座標系を用います。 3軸座標系というのは、Einthovenの正三角形の各辺を正三角形の中心に平行移動したものです。下図左はEinthovenの正三角形、右はそれに基づいて作図したBaileyの三軸座標系(triaxial reference system)です

Einthovenの正三角形模型と三軸座標系

 上図の三軸座標に、単極肢誘導 (aV誘導)の誘導軸を正三角形の中心に平行移動したものを加えますと六軸座標系 (hexaxial reference system) が得られます。これはBailyの3軸座標系をmodifyし たものです。

 下図にBaileyの六軸座標系を示します。 

肢誘導の6軸座標系(Bailey)

 QRS軸を定めるには2つの方法があります。目測法と作図法で、通常は前者を用います。作図法は研究目的に使用し、臨床的にはほとんどの場合、目測法を用います。 QRS軸の診断基準にはいろんな基準がありますが、私どもはNew York 心臓協会(New York Heart Association)の診断基準が最も妥当であると考えて、それを使用しており、他の研究者もこの基準を使用している人が多いようです。

 この基準による軸偏位 の定義は下図の如くです。
  1)正常軸:+30度から時計回りに+90度まで。
  2)左軸偏位;−30度から反時計回りに−90度まで。
  3)右軸偏位:+90度から時計回りに±180度まで。

 
 QRS軸の定義
(AHA/ACCF/HRS recommondations.JACC2009;53:976-981)

 六軸座標系の考え方からも分かるように、第1誘導で平均振幅が+であることは、平均前面QRSベクトル(以下QRSベクトルと略)が左方に向かうことを意味します(すなわち、−90度から時計回りに+90度までの間にある)。また、第3誘導で平均振幅が+であることは、平均QRSベクトルが+30度から時計回りに−150度の範囲にあることを意味しています。

 これらの2条件を共に満たしていれば、この人の平均前面QRS ベクトルは+30度から時計回りに+90度までの範囲にあることになり、New York Heart Association 基準の正常軸の定義を満たします。従って、第1誘導、第3誘導で共に平均QRS振幅が+であれば、正常QRS軸と診断されます。  

 同様の考え方に従い、第1誘導で+、第3誘導で−であれば左軸偏位、第1誘導で陰性であれば、第3誘導の波形の如何にかかわらず右軸偏位と診断します。 日常臨床では、軸偏位の診断はほとんどの場合に目測法で行い、作図法を使用することはありません。  作図法の詳細は、下記のマークをクリックして「心臓電気軸」の頁の説明を御覧下さい。

 以上が前置きです。本例の心電図では、QRS波の平均振幅は第1誘導で+、第3誘導で−ですから、左軸偏位と診断されます。しかし、この心電図の特徴は左軸偏位の程度が極めて高度であることです。

 左軸偏位であっても、−45度以上の左軸偏位の場合は正常横位心(肥満、妊娠、腹水など)で起こる場合はほとんどなく、このような高度の左軸偏位は病的です。QRS軸が−45度以上の高度の左軸偏位を示している場合は、単に左軸偏位と診断するだけでは不十分で、心室内伝導障害の1型である「左脚前枝ブロック (left anterior fascicular block, LAFB, left anteriori hemiblock)」と診断します。

 左脚前枝ブロックの場合は、左心室に何らか の病変があることを意味しています。 左脚前枝ブロックの際のQRS軸の診断の場合も通常は目測法で診断します。第2誘導で、S波の深さがR波の2倍以上あるようであれば、高度の左軸偏位と判断し、左脚 前枝ブロックと診断します。しかし、「 S波の深さがR波の2倍以上」というのはあ くまでも目安であり、左脚前枝ブロックの定義は、「前面図平均QRS軸の−45度以 上の左軸偏位」であることに御留意下さい。 なお、本例のQRS波の平均振幅はaVRで陰性、かつ第2誘導でも陰性ですから、−30 度〜−60度の範囲にあると考えられ、第2誘導でS波が著しく大きいことから−45度 以上の左軸偏位があると診断します。

以上を総括して、本例の心電図診断は下記の如くなります。
 1)正常洞調律
 2)左軸偏位
 3)左脚前枝ブロック

心電図セミナーNo.2エンド この頁の最初へ