症例9の解説

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症例9の心電図診断:S pattern 

 QRS軸は+145度の著しい右軸偏位を示す。V1のR波の振幅は1.8mV、S波の振幅は1.7mVで、R/S比ha1.0に近い。V6のS波が深く(0.8mV)、R/S比は1.0に近く、心臓長軸周りの時針式回転を認める。QRS軸の右軸偏位,V1のR波の振幅増大、V6の振幅増大などの所見から右室肥大が疑われ、精査を指示された例である。本例の心電図では、V,aVF誘導に明らかなS波があり、胸部誘導では全ての誘導でR波とS波の振幅が等しく、いわゆる「S1S2S3 pattern」が考えられる。

 下図は本例のFrank誘導ベクトル心電図である。

第9例のベクトル心電図
Frank誘導ベクトル心電図

 QRS環は時針式回転を示し、一見、右室肥大を思わせるが、T環は左前方に向かい、右室肥大とは異なっている。本例のベクトル心電図の最も特徴的所見は、3投影面(前面図、左側面図、水平面図)ともにQRS環前半と後半のベクトルが反対方向に向かい、180度に近い解離を示す所見である。そのため、肢誘導および胸部誘導の各誘導においてR波の振幅とS波の振幅がほぼ等しい。
 一般に、このような各誘導でR波とS波の振幅がほぼ等しい振幅を示す場合としては次の3つの場合が考えられる。
  1) normal variantとしてのS1S2S3 pattern
  2) 肺気腫
  3) 右室肥大
  正常例に見るS1S2S3 patternは、心室脱分極後期における心室興奮が右室流出路ないし心室中隔後基部の興奮からなり、それによる心起電力ベクトルが右上方に向かう場合に生じ、U、V誘導は共にS波を描く。


 S1S2S3 patternについての一致した診断基準はないが、Chouは次の2基準を示し、何れか1つを満たす場合にS1S2S3
patternと診断すべき事を提唱している。
  (1)T、U、V誘導でR≦S、
  (2)T、U、V誘導のの波振幅が年齢別の正常上界を越える。
 この標準肢誘導のS波の振幅の年齢別正常上界としてはSimonsonの研究があり、Chouhこれに基づいて下表の後半(右)に記したような基準値を設定している(単位:mm)。
 
Simonson Chou
/ 男性 女性
例数 T U V 例数 T U V T U V
20〜29歳 115 4.0 4.8 6.0 104 3.2 2.9 4.3 4 4 3
30〜39歳 110 4.2 4.3 8.5 65 2.9 3.2 4.5 5 5 4
40〜59歳 424 3.0 3.8 7.5 142 2.1 3.1 6.0 6 8 8
Simonsonの値は、正常値の97.5%百分位数である(単位:mm)。
Chouの基準値は,Simonsonの値をroundして定めてある。

 S1S2S3 patternを示す心電図では、QRS波の前半と後半が180度に近い解離を示すため、QRS軸の決定が困難で、intermediagte axisとして表現される。V誘導でS波が深いからといって左軸偏位と診断したり、T誘導でS波が深いからといって右軸偏位と診断してはならない。左軸偏位の際には、一般にV誘導のS波がU誘導のS波よりも深いのが常である。

 S1S2S3 patternは、normal variantとして認められる場合が多いが、内規腫、右室肥大などの際に類似した心電図所見を認める。これらの場合は通常、基礎疾患があり、右房負荷(U、V,aVF,V1,2の先鋭なP波)、右室過負荷(V1,2の陰性T波)などの所見を認める場合が多い。上述のChouの基準は 一応 基準値を示したものであり、日常臨床においてはいちち振幅の計測を行わず、視診により標準12誘導の各誘導で明らかなS波を認め、各誘導でR/S比が1に近い場合に診断される。

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