症例4:解説

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 本例の心電図を下図に示す。 
症例4の心電図 第2誘導心電図の拡大図
標準12誘導心電図 U誘導心電図

 本例の心電図は著しい左軸偏位を示すが、これを単に「左軸偏位」と診断すると、横位心などの心臓位置異常による生理的所見と誤るおそれがある。この心電図のように−45度以上の著しい左軸偏位を示す場合は「左脚前枝ブロック (left anterior fascicular block,LAFB; lefta nterior hemiblock, LAH) と診断しなければならない。
 単なる左軸偏位は肥満、横位心、左室肥大などの際にしばしば認められ、その所見自体はあまり臨床的意義がないが、左脚前枝ブロックの際には、左室に器質的異常があることを意味しており、その臨床的意義は大きい。

 左脚前枝ブロックの心電図診断基準としは、Rosenbaum 基準,Medrano基準などがある。
  1) Rosenbaum基準
    (1) 前面図QRS軸が−45度以上、
    (2) QRS間隔≦0.11秒、
  2) Medrano基準
    (1) −30度以上の左軸偏位、
    (2) aVLの心室興奮時間遅延(≧45度)、またはaVLのR波下行脚のスラー(slur)
    (3) 左側胸部誘導のS波のスラー


  しかし、実際には時間計測などは行わず、視診によりQRS軸が−45度以上の著しい左軸偏位を示す場合には「左脚前枝ブロック」と診断している。 その判定方法は、U誘導QRS波形に注意し、S波がR波よりも著しく深い場合には、QRS軸が−45度以上の左軸偏位を反映していると考え、この所見に基づいて左脚前枝ブロックと診断している。
 
 左脚前枝ブロックの際に、QRS軸が著しい左軸偏位を示す機序 は下図左のように説明されている。すなわち、左脚前枝と後枝とは、末梢で結合しているため、前枝(前上枝)が障害されると、その支配領域の興奮は左脚後枝(後上枝)からの興奮により行われる。この興奮により形成される心起電力ベクトルは、左上方に向かうため、QRS波終末部のベクトルは著しく左上方に偏位し、QRS軸は著しい左軸偏位を示す。
左脚前枝ブロック時の左軸偏位の出現機序 本例のベクトル心電図
左脚前枝ブロック時の
左軸偏位の機序
本例のベクトル心電図

 本例の心電図で注意するべき所見はU誘導のQRS波形で、R波は低く、結節形成を示す。この所見はMillikenによると「陳旧性下壁梗塞」の存在を示す重要な所見である。すなわち、左脚前枝ブロック例で、U誘導心電図が下図右のような波形を示す場合には陳旧性下壁梗塞の合併を考える。
 
 上図右は本例のベクトル心電図である。前面図QRS環は反時針式に回って、全体として左上方区画に描かれ、左脚前枝ブロックに特徴的波形を示す。前面図において、QRS環遠心脚は上方凸の変形を示し、下方から上方に向かう「梗塞ベクトル」による圧迫のためにQRS環が変形している状態を示している。このQRS環遠心脚の変形がU誘導QRS波の初期部分の結節ないしスラーの成因をなしている。

左脚前枝ブロック兼陳旧性下壁梗塞の第2誘導心電図波形 本例の冠動脈造影写真
左脚前枝ブロック+陳旧性下壁梗塞時のU誘導波形 冠動脈造影所見

 以上の所見から、本例の心電図は「左脚前枝ブロック兼陳旧性下壁梗塞症」とするべきである。因みに、本例の冠動脈造影所見は、左冠動脈優位で、前下行枝 seg.6 の90%狭窄、回旋枝 seg.13の90%狭窄、右冠動脈の99%狭窄を認めた。


 症例4の診断:左脚前枝ブロック 兼 陳旧性下壁梗塞

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