症例14の解答

 V1のQRS波がrsr’S’型を示す76歳男性

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胸痛発作の9カ月後の心電図
胸痛発作の9か月後の心電図

 心電図所見:V誘導QRS波は,結節を伴うQS型を示し、U,V, aVF誘導に冠性T波があり,陳旧性下壁梗塞症野所見を示す。

  しかし,この心電図を示した目的はV1のQRS波をどのように解釈するかという点にある。V1のR波は分裂し,rsr’S’型を示す。この所見に対して,「不完全右脚ブロック」と診断する人が多いのではないかと思う。しかし,不完全右脚ブロックにしてはV6のS波の幅が狭く,スラーもない。

 実は,下壁梗塞例で,V1のQRS波が,本例のようにrSr'型,あるいはrsr'S'型などの不完全右 ブロック類似所見を示した場合は、常に下壁梗塞に加えて,高位後壁梗塞の合併を考えねばならないことをしてきしたいために本例を提示した。下図に本例のベクトル心電図とその拡大トレース図を示す。尚,ベクトル心電図に馴染みが薄い方々もおられると思うので,正常ベクトル心電図を同時に例示する。

 下図のベクトル心電図の所見は次の如くである。

 前面図(F)のQRS最大ベクトルが水平位をとるにもかかわらず,QRS環は時針式に回転し,QRS環初期上方時間は0.25秒を越えており,下壁梗塞を示唆する所見と考えられる。水平面図QRS環は時針式に回り(正常は反時針式),QRS環の前方偏位がある。これは,後方から前方に向かう梗塞ベクトルの圧迫によるQRSの変形で,高位後壁梗塞の合併を示す。
 ベクトル心電図診断:下後壁梗塞症(陳旧性) 

本例のベクトル心電図
ベクトル心電図の拡大トレース図
正常ベクトル心電図
正常ベクトル心電図

  正常ベクトル心電図では,前面図GRS環は心臓の位置により種々の回転方向を示す。すなわち,水平位であれば反時針式,垂直位であれば時針式,その中間では8字型回転に回転する。しかし,水平面図および左側面図は,正常例では全例でQRS環およびT環共に反時針式回転を示す。

 しかるに,症例14のベクトル心電図では,水平面図QRS環が時針式に回転し,後方成分が著しく少なく,QRS環前半は後方から前方に向かうベクトル(高位後壁梗塞の梗塞ベクトル)により著しく前方に偏位している。この所見は高位後壁梗塞を示す所見である。 

 高位後壁梗塞症では,典型的にはV1,2誘導で,@高いR波,AST低下,B左右対称的な高い尖ったT波(陽性冠性T波)の2所見を示す。しかし,実際には,このような例よりも,症例14に示したような,一見,不完全右脚ブロックに類似した所見を示す場合が多いことを注意する必要がある。

 下図に,下壁梗塞症に合併した高位後壁梗塞症の他の例の心電図とベクトル心電図を示す。この例のV1の所見は,症例14の心電図所見と極めて類似していることが分かる。

陳旧性下壁+高位後壁心筋梗塞症の心電図  U,V,aVFに異常Q波と冠性T波とがあり,陳旧性下壁梗塞があることは明らかである。

 V1のQRS波はrsr's'を示す。これは不完全右脚ブロック所見ではなく,高位後壁梗塞の合併を示す。
陳旧性下壁+高位後壁心筋梗塞症のベクトル心電図  前面図および左側面図QRS環は著しく上方に挙上し,下方からの梗塞ベクトルの圧迫によるQRS環の変形を示す。
 
 水平面図QRS環は時針式に回り,後方から前方に向かうベクトル(梗塞ベクトル)によるQRS環の変形を示す(高位後壁梗塞)。

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