第6例 両室肥大(左室拡張期性負荷兼右室収縮期性負荷)
(肺高血圧を伴う心室中隔欠損症又は動脈管開存症)
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第6例:11歳、女性
主訴:労作時呼吸困難
病歴:出生直後から心雑音を指摘されている。平素はアノーゼはないが、激しい労作時に一過性にチアノーゼが出現する。下図は本例の心電図である。
この心電図の特徴的所見は、胸部誘導のQRS波の振幅が高く、心電計の感度を 1/2〜1/4に低くして記録していることです。すなわち、著明なQRS波の高電圧があることにまず注目して下さい。
心電図診断は、
(1)リズム、
(2)QRS軸、
(3)波形診断
という順序で進めます。
本例でもこの順序で診断を進めます。
(1)リズム:1心拍のみしか記録されていませんから、リズムの詳細は分かりません。言えることは「洞調律」であるという事のみです。
(2)QRS軸は、第1誘導、第3誘導で、共にQRS波の平均振幅(各誘導での陽性波 と陰性波の振幅の代数和;Rの振幅−Q波の振幅−S波の振幅)が+ですから、New
York 心臓協会のcriteriaに従って、本例の平均前面QRS軸(QRS軸)は+30度か ら、時計回りに+90度の間にあると考えられ、「正常QRS軸」と診断されます。
講義の際に、学生さんに電気軸の意味を聞いても、よく分かっていない人がほとんど です。QRS軸というのは、「心室脱分極の間の平均的な心起電力の方向」で、「立体的心起電力ベクトルの前額面に投影された面積ベクトル」のことです。
本例のQRS軸は、定義に従って正常軸ではありますが、最も定型的な「正常軸」では QRS波の振幅の大きさの順序は、第2誘導>第1誘導>第3誘導となります。しかるに、本例では第2誘導>第3誘導>第1誘導の順序になっており、典型的な正常軸ではなく、右軸偏位傾向を示す正常軸(あるいは正常軸ではあるが右軸偏位傾向を示している)と表現
し、右室への負担増大がある可能性を考えなければなりません。
P波はV1で振幅が2mmに達し、尖鋭ですから、右房負荷の基準値(2.5mm)には達していませんが、「右房負荷(疑)」の可能性を考慮に入れる必要があります。右房負の存在は、「右室肥大の間接所見」です。
それで、右側胸部誘導(V1, 2)のR波の振幅を見ますと、著しく増大しています。これらの誘導では、心電計の感度を1/2〜1/4に落として記録していることに注目して下さい。そのことを考慮に入れると、V1のR波は24mm, V2のR波は52mmもあり、右室肥大の存在は明らかです。しかし、右室肥大単独であれば、これらの誘導でR/S比は通常2を超えて、一見して、R波がS波よりも大きい振幅を示します。
しかるに、本例ではR/Sは1に近い値を示しています。これは、本例が単に右室肥大だけではなく、著明な左室肥大を合併しているためです。 実際、V5, 6は1/4の感度で記録され、V5のR波は48mm, V6のR波は52mmと極めて著しいR波の高電圧を示しており、左室肥大の合併があることは疑う余地もありません。すなわち、本例は両室肥大、右房負荷の所見を示しています。
左室肥大があると、通常、左側胸部誘導でR波の振幅が高くなると共に、これらの 誘導でST低下、陰性T波を示すのが、よく見る左室肥大の心電図パターンです。し かるに、本例ではV5のR波の振幅が48mmと著しい高電圧を示しているにもかかわら ず、T波は陽性で、振幅低下さえ認められていません。
ここで注意して頂きたいことは、心室肥大(心室負荷)には血行動態的な負荷様式
の相違により次のような2つの異なった型があることです。
1)収縮期性負荷(systolic overloading, 圧負荷 pressure
overloading)
2)拡張期性負荷(diastolic overloading, 容量負荷 volume
overloading)
収縮期性負荷とは、高血圧などの際のように血液の駆出(心室の収縮)に抵抗があり、心室内圧が増加するタイプで、左室収縮期性負荷を起こす疾患には、高血圧、大動脈弁狭窄、大動脈縮窄などがあります。また、右室収縮性負荷を起こす疾患には、肺動脈狭窄、原発性肺高血圧症、続発性肺高血圧症(アイゼンメンジャー症候群)、僧帽弁狭窄症、慢性肺性心などがあります。
拡張期性負荷とは、短絡血流、逆流血流などにより、心室内血液量が増加し、心室 が拡張を起こすような状態です。左室の拡張期性負荷(容量負荷)を起こす代表的疾患は大動脈弁閉鎖不全、僧帽弁閉鎖不全、心室中隔欠損、動脈管開存、Valsalva動脈瘤破裂などがあります。また、右室の拡張期性負荷を起こす代表的疾患としては、心房中隔欠損症、三尖弁閉鎖不全、Ebstein奇形、肺動脈弁閉鎖不全、急性肺性心(肺動脈塞栓症、急性肺梗塞)などがあります。
各心室の血行動態的心室負荷様式とそれらの特徴的心電図所見を下表に示します。
血行動態的 負荷様式 |
心電図所見 | 基礎疾患 |
左室収縮期性負荷 | 左室誘導のQRS波の高電圧、 QRS波初期ベクトルの減少、 QRS-Tベクトル夾角の拡大 |
高血圧、大動脈狭窄、 大動脈縮窄 |
左室拡張期性負荷 | 左室誘導のQRS波の高電圧、 QRS初期ベクトルの増大、 QRS-Tベクトル夾角は拡大しない。 |
大動脈弁閉鎖不全、 僧帽弁閉鎖不全、 心室中隔欠損、動脈管開存 |
右室収縮期性負荷 | 右室肥大心電図所見を示す。 | 肺動脈狭窄、原発性肺高血圧、 僧帽弁狭窄 |
右室拡張期性負荷 | 不完全右脚ブロック心電図所見を示す。 | 心房中隔欠損、肺塞栓、 Ebstein奇形 |
左室誘導:T,aVL,V5,6などの主として左室電位を反映する誘導。 |
本例では、QRS波の高電圧を示す誘導でT波が陽性で、むしろ振幅が高くなっており、QRS-Tベクトル夾角の拡大はなく、典型的な左室拡張期性負荷の心電図所見であると考えられます。一方、右室側誘導(V1,2)では、R波の著明な高電圧があり、右室の収縮期性負荷の心電図所見です。
すなわち、本例は左室の拡張期性負荷および右室の収縮期性負荷があると考えられ ます。本例は出生直後から心雑音を指摘されており、先天性心疾患を持っていると考 えられます。先天性心疾患の内、左室の拡張期性負荷を起こす代表的疾患は心室中隔 欠損症と動脈管開存症です。これらは、いずれも通常は左→右短絡を生じますので、 チアノーゼは見られません。しかし、何らかの理由で肺動脈圧が上昇するような場合 には一過性にチアノーゼを生じます。本例の病歴にもそれが認められています。
本例の心電図では、右側胸部誘導でR波の振幅増大があり、右室の収縮期性負荷があります。それでは、この所見はなぜ生じたのでしょうか? 最も考えやすいのが肺高血圧の合併です。心室中隔欠損ないし動脈管開存があり、左→右短絡のために肺動脈血流が増加すると、肺動脈の細小肺動脈の内膜、中膜の肥厚が起こり、肺血管抵抗が増大して肺高血圧を起こします。
いわゆるEisenmenger症候群です。
本例は、常時、チアノーゼを認める程ではありませんので、未だEisennmennger症候群と診断するほどではありませんが、肺高血圧を合併していることは確実です。 肺動脈圧は、正常は20mmHg以下ですが、本例ではおそらく60mmHg前後にはなっていると思われます。肺血管変化が更に進行しないうちに根治手術を行うべき例であると思います。
心電図診断
(1) 左室拡張期性負荷+右室収縮期性負荷
(2) 右房負荷(疑)
(3)
肺高血圧を伴う心室中隔欠損ないし動脈管開存
以上.。