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下図は35歳、女性の心電図です。
今回は、それだけの 情報呈示にとどめます。この心電図の所見は如何ですか? この心電図から どのよう
なことが分かりますか?
なお、心電図を見る際には、次の順序で見ていきます。
1.リズムはどうか?
1) 正常洞調律: 洞リズムで、洞頻度が60-100/分の間にあるもの。
2) 洞徐脈:洞リズムで、洞頻度が60/分以下のもの。
3) 洞頻脈:洞リズムで、洞頻度が100/分以上のもの。
4) 洞不整脈:洞リズムで、PP間隔が不規則で、最も長いPP間隔と最も短いPP間隔の差が0.16秒以上のものを洞不整脈といいます。これに規則性(呼吸性洞不整脈)と不規則性洞不整脈とがあります。規則性洞不整脈の代表的不整脈である
呼吸性洞不整脈では、吸気時に心拍数が増加し、呼気時に減少します。呼吸に伴う胸腔内圧の周期的変動に起因する迷走神経緊張の変化がその原因です。
洞リズムとは洞性興奮を示すP波を有するリズムです。洞性興奮によるP波の特徴は、第1、第2誘導で陽性、aVRで陰性、V4-6で陽性のP波をいいます。洞リズムでない場合は、そのリズム異常(不整脈)の診断を行います。
2.リズムの次には QRS軸偏位を診断します(正常軸、左軸偏位、右軸偏位)
3.次に心電図各棘波間の時間に異常がないかどうかを見ます。
4.心電図各波形に異常がないかどうかを見ます。
5.以上を総合して心電図診断を下します。
この心電図の診断は次の如くなります。
1.正常洞調律:RR間隔は0.64秒ですから、心拍数は下記の式で計算され、正常洞調律と診断されます。
心拍数=60/RR間隔(秒)
正常洞調律とはいえ 心拍数は100に近く、「洞頻脈の傾向」と診断するのが妥当であると思います。
2.QRS軸は正常軸ですが、第1誘導のR波の振幅が小さく、右軸偏位傾向を示しています。正常軸とは平均QRS軸が+30度〜+90度の間にある場合を言います。
3.両房負荷
1) V1でP波が二相性で、陰性相の幅が広い所見が左房負荷を反映しています。また、第2誘導で、P波が緩徐に上昇し、急峻に下降する所見も左房負荷を反映しています(上昇遅延P波)。
2) 第2, 3、aVF誘導でP波が尖鋭です。この所見は右房負荷を反映しています。V1のP波が尖鋭な所見も右房負荷の反映です。
4.第2、第3, aVF, V4-6誘導でST部の低下があり、T波が−/+型の二相性になっています。これは冠不全の表現か、薬物の影響(ジギタリス効果)が考えられます。右軸偏位傾向があり、右房負荷がありますので、冠不全(ないし心筋障害)が起こるとすると右室側に起こることが予想されますが、この心電図では右側胸部誘導のST−T部には異常がなく、ST低下は左側胸部誘導(V4-6)にみられており、冠不全によると考えるよりも薬物効果(ジギタリス効果)が考え易いと思います。ジギタリス効果の際のST低下の特徴は「盆地状低下」と表現され、この心電図のST低下の波形にぴったりです。
従って、この心電図の診断は下記の如くなります。
1) 正常洞調律(洞頻脈の傾向)
2) 正常QRS軸(右軸偏位の傾向)
3) 両房負荷
4) ジギタリス効果
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この心電図で分かることはそれだけでしょうか?いや、もっと多くの情報が含まれています。それを診断する方法を体得してもらいたいものです。
まず、両房負荷所見に注目して下さい。両房負荷の場合に、右房負荷が先に起こり、その結果として左房負荷が起こることは通常はありません。従って、両房負荷の場合はまず左房負荷が起こり、その結果として右房負荷が起こったと考えるべきです。この際、右房負荷は 右室拡張期圧上昇を意味しており、右心不全、右室肥大が起こっていることを意味しています。
左房負荷を起こす最も定型的病態は僧帽弁狭窄症です。僧帽弁狭窄のために左房負荷がおこり、そのため肺静脈圧、ひいては肺動脈圧が上昇し、肺高血圧を起こし、右室肥大を惹起し、その結果として右房負荷を合併したと考えるべきです。それでは、肺高血圧の程度はどれくらいでしょうか? 正常肺動脈圧は15(9〜19)mmHgとされており、20mmHg以下です。
この心電図は典型的な右室肥大心電図を示していませんが、右軸偏位傾向および右房負荷を示していることから、軽度〜中等度の肺高血圧があると考えられ、恐らくは40〜60mmHg 前後の肺高血圧があるのではないかと推察されます。
注意して頂きたいことは、この心電図はジギタリス心電図を示していることです。ジギタリスが投与されていることは、本例が心不全状態にある(又はあった)と考えられます。
すなわち、この心電図の症例は僧帽弁狭窄があり、肺高血圧を合併し、心不全に陥っているか、又はその病歴があることが推察され、僧帽弁交連切開術の適応例と考えられます。 僧帽弁狭窄は、高率に心房細動を合併しますが、本例は未だ心房細動を合併していません。最もよい外科手術の適応時期にあると考えられ、その治療が急がれます。