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1.両脚ブロックの分類
両脚ブロックは下記の3種類に分ける。
1) 右脚ブロック+左脚前枝ブロック
2) 右脚ブロック+左脚後枝ブロック
3) 右脚ブロック+左脚主幹部ブロック
4) 三枝ブロック (intraventricular trifascicular
block) :右脚,左脚前枝、および左脚後枝の3本の心室内伝導を司る脚枝が障害された場合をいう。
下図に房室伝導系の模型図と房室ブロックの際の障害部位を示します。
(1)房室結節部でのブロック、(2)ヒス束でのブロック、 (3)右脚+左脚主幹部でのブロック、(4)三枝ブロック |
2.房室ブロックにおける両脚ブロックの意義
以前は、房室ブロックの障害部位としては、房室結節ないしヒス束が多いと考えられていた。しかし、その後、房室ブロック例の刺激伝導系の病理解剖学的研究の進歩及び臨床的房室ブロック例におけるヒス束電位図法の展開などにより、アダムス・ストークス症候群を起こしたり、永久ペースメーカー植え込みを行わねばならなくなるような高度房室ブロック(advanced A-V block) 例では、房室ブロックの原因となる障害部位は心室内伝導系にあり、両脚ブロック (bilateral bundle branch block, BBBB)がその原因である場合が多いことが明らかになった。
下表に各種の房室ブロック例において、ヒス束電位図法により定めた障害部位の頻度を示す。第3度房室ブロックは、圧倒的に脚-Purkinje系の障害(両脚ブロック)による場合が多いことが分かる。
房室ブロックの型 | 例数 | ブロック部位 | ||||||||
心房 | 房室結節 | ヒス束 | 脚-Purkinje系 | |||||||
例数 | % | 例数 | % | 例数 | % | 例数 | % | |||
第1度房室ブロック | 80 | 3 | 4.8 | 72 | 90.0 | 0 | 0 | 5 | 6.3 | |
第2度房室 ブロック |
Wenckebach型 | 11 | 0 | 0 | 9 | 81.8 | 1 | 9.1 | 1 | 9.1 |
MobitzU型 | 16 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 31.2 | 11 | 68.8 | |
2:1(又は) 3:1ブロック |
16 | 0 | 0 | 6 | 37.5 | 2 | 12.5 | 8 | 50.0 | |
第3度房室ブロック | 16 | 0 | 0 | 10 | 14.3 | 10 | 14.3 | 50 | 71.4 |
3.両脚ブロックの心電図所見
1)完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック
(1) QRS間隔≧0.12秒
(2) 右脚ブロック所見を示す。すなわち、V1でQRS波がrsR′型を示し、T,V5,6でS波の幅が広く、スラーを伴う。aVRで幅広いlate R波を示す。
(3) 左脚前枝ブロック所見を示す。すなわち、QRS軸が著明な左軸偏位を示す(−45°以上)。
下図は、完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック例の心電図を示す。
心電図所見
QRS間隔≧0.12秒で、V1のQRS波はrR′型を示す(完全右脚ブロック)。QRS軸は著しい左軸偏位を示し、U誘導でr波の振幅に比べてS波が著しく深く、一見して、QRS軸は−45°以上の著明な左軸偏位を示すことが分かる。V5,6でS波が深いのは、心臓長軸周りの時針式回転の表現ではなく、左脚前枝ブロックのためにQRS波終末部が著しく上方に偏位し、V5,6の誘導部位はこのベクトルを見送る側にあるためである。ST-T部に異常はないが、左脚前枝ブロック所見そのものが、左室心筋傷害の存在を示している。
2) 完全右脚ブロック+左脚後枝ブロックの心電図所見
(1)QRS間隔≧0.12秒
(2)完全右脚ブロックの所見を示す。すなわち、V1でQRS波がrsR′型を示し、T、V5,6でS波の幅が広く、スラーを伴う。aVRで幅広いlate R波を示す。
(3)左脚後枝ブロックの所見を示す。すなわち、QRS軸の著明な右軸偏位を示す(+120°以上)。
(4)垂直位心(立位心)、右室肥大、WPW症候群(A型)、高位後壁梗塞などの著明なQRS軸の右軸偏位を起こす基礎疾患がない。
下図は、完全右脚ブロック+左脚後枝ブロックの心電図の1例を示す。
心電図所見
QRS間隔≧0.12秒(完全脚ブロック)。V1のQRS波はrR′型を示し(右脚ブロック)、R波の頂点の近くに結節がある。T, V4-6のS波の幅が広く、かつ深い。肢誘導QRS軸は著しい右軸偏位を示す(左脚後枝ブロック)。
3) 三枝ブロックの心電図所見
完全三枝ブロックの際には、心電図は完全房室ブロック(第3度房室ブロック)の所見を示すため、三枝ブロックの診断を下すことは出来ない。この際、ヒス束電位図法によりH-V間隔の延長を認めた場合は、三枝ブロックの状態にあることを間接的に推察させる。臨床心電図においては、不完全三枝ブロック状態にある際に、心電図から三枝ブロックの診断が可能となる。下図にそのような一例を示す。
心電図所見
.PP間隔は0.86秒(心房頻度 70/分)で、規則的に出現している(正常洞調律)。心室群には、異なった波形の2種類がある(A,B)。Aの波形を示す心室群の前にはPR間隔 0.16秒でQRS波に先行するP波があるため、洞性興奮の伝達による心室群であると考えられる。この心室群のQRS間隔は0.20秒と著明に拡大し(完全脚ブロック)、T誘導ではS波の幅が広く、スラーを伴い、完全右脚ブロックがある。また、この心室群(A)は、著しい左軸偏位を示し、V誘導のS波の振幅が17mmに達しており、左室肥大の合併がある(註1)。Bと印した心室群では、P波と一定の時間的関係を認めず、洞性興奮ではなく、異所性心室波形と考えられる(心室性補充収縮)。以上の所見から、この心電図は、基本リズムとしては、「正常洞調律、左室肥大、両脚ブロック(完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック)」の所見を示していたものが、間欠的に左脚後枝のブロックを起こし、完全三枝ブロックとなって心室収縮が脱落し、異所性心室中枢からの補充調律が出現していると考えられる。このような状態を「間欠的三枝ブロック(intermittent
trifascicular block)」と呼び、完全房室ブロックないしアダムス・ストークス症候群に移行し易い危険な不整脈である。
〔註〕左脚前枝ブロックに合併した左室肥大の心電図診断基準
左脚前枝ブロックの際には、心室内興奮伝播過程が正常とは異なるため、一般的な左室肥大診断基準は適用できない。一般に、左脚前枝ブロックがあると、肢誘導(前額面誘導)での振幅増大と胸部誘導(水平面誘導)の振幅低下が起こる。そのため、左脚前枝ブロックに合併した左室肥大の心電図診断の際には下記の基準が用いられ、何れか1項目を満たせば左室肥大の合併があると診断する。
(1) SV≧15mm、
(2) RaVL≧13mm,
(3) SV1+RV5+SV5≧25mm。
4.両脚ブロックの予後
1) 完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック
この型の両脚ブロックは、両脚ブロックの中では最もしばしば認められる。Scanlonらは、209例の両脚ブロック例中147例 (70.3%) にこの型の両脚ブロックを認めている。完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック例の予後については、下記のように10〜17%が完全房室ブロックに移行する。
著者 | 完全房室ブロックへの移行率 | 死亡率 |
Scanlonら | 13.6%(147例中20例) | 16.3%(147例中24例) |
Lasserら | 10% | / |
Rosenbaumら | 17% | / |
2) 完全右脚ブロック+左脚後枝ブロック
Scanlonらは、209例の両脚ブロック中24例
(11.5%) に本型の両脚ブロックを認めている。この型の両脚ブロックの予後については下記のような報告があり、完全右脚ブロック+左脚後枝ブロックは、完全右脚ブロック+左脚前枝ブロックよりも予後が著しく悪い。
著者 | 例数 | 完全房室ブロック | アダムス・ ストークス症候群 |
死亡 |
Scanlonら | 24例 | 21% (5/24) | / | / |
Rosenbaumら | 30例 | 63.3%(19/30) | 60% (18/30) | 12.5% (3/24) |
5.両脚ブロックの多様性
心室内伝導系を構成する右脚、左脚前枝、左脚後枝の障害の程度には種々のレベルがあり、これらの完全ブロック、不完全ブロックの組み合わせにより、下図のような多様な心電図所見を示し得る。
1)2枝ブロックの多様性
障害される2枝の多様性、障害枝の障害の程度などにより、下記のような多様な組み合わせが考えられれ、それぞれに対応した多様な心電図所見を示す。
略語説明 | |
LPH:左脚後枝ブロック | LAH:左脚前枝ブロック |
RBBB:右脚ブロック | lbbb:左脚ブロック |
2) 3枝ブロックの多様性
3枝ブロックにおいても、右脚、左脚前枝、左脚後枝の3本の脚枝の障害の程度の種々の組み合わせにより下図のような多様な所見を示し得る。
略語説明 | |
LPH:左脚後枝ブロック | LAH:左脚前枝ブロック |
RBBB:右脚ブロック | lbbb:左脚ブロック |