初回心房細動例への対応

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 之までに心房細動発作を起こしたことがない例が、心房細動発作(多くの場合は頻脈性心房細動)をおこして来院した場合、初回心房細動発作といいます。その対応には若干、特殊の配慮画筆湯ですから、以下に実例を挙げて解説します。

症例:68歳、女性
主訴:激しい動悸発作
病歴:数年来、外来で軽症高血圧、家族性脂質異常症として治療中の例である。脂質異常症がなかなか軽快しないため、念のために75gブドウ糖負荷試験を実施したところ、負荷後2時間値が195mg/dlと高値を示し、食後高血糖(境界型糖尿病)の合併が判明した。

 その1週後、所用のため1週間滞在予定で東京に行き多忙なスケジュールをこなしていた。10月4日夕方から体調不良を感じ、夕食会に出席したが立っておられないようになり、周期的に動悸発作が起こり、倒れそうになった。そのため近所に病院を受診し、ベラパミル5mgの点滴静注を受け、動悸発作は大分安定したため、ベラパミル(1錠40mg)3錠の投与を受け、翌日は安静にし、その後、徳島に帰ってきた。

 下図は発作時の標準肢誘導心電図です。心室頻度150/分の著しい頻脈発作を示しています。

 心室頻度150/分の著しい頻脈を認める。P波がなく、注意深く見るとRR間隔
は全く不規則であるため、頻脈性心房細動と診断される。第2,3誘導にST-T
変化を認めるが、これは頻脈に伴う相対的冠不全による。一部の心室群波形
は、変行性心室内伝導により変形している。

上図のような著明な頻脈性心房細動を認めたため、担当医はベラパミル点滴静注を行いました。その結果、頻脈発作がほとんど落ち着いた時点の標準12誘導心電図を下図に示します。

 基本リズムは75/分の洞調律であるが、赤矢印の部位に心房性期外
収縮の3連発を認める。頻脈性心房細動時に見られた
ST-T変化は
認 められなくなっている。

 徳島に帰着後、緊急治療を受けた病院からの情報提供書を持参して来院しました。そのためホルター心電図を記録しました。このホルター心電図記録の一部を下図に示します。ホルター心電図検査結果(電極はずれのため記録時間17時間)は下記の如くでした。
 総心拍数:6.7万(24時間換算9.5万)、最大心拍数97、最小心拍数51、平均心拍数64/分。心室期外収縮37個(総て単発)、上室性期外収縮51個(連発は4回、最大連発10連発)、pauseなし。

 ホルター心電図には心房細動は記録されなかったが、赤矢印のような
発作性心房頻拍の
short runが記録された。

本例に対して救急病院ではCa拮抗薬であるベラパミル静注を行い、心拍数の緩徐化を図りました。この救急病院の対応は適切な処置であったと思います。その結果、洞調律化に成功しました。洞調律時の心室頻度は71/分で、患者の自覚症状は著しく改善しました。しかし、なお著明な不整脈があります。この不整脈は心房性期外収縮で、数個連発したものが頻回に出現しています。これは、本例の頻脈性心房細動の治療に用いられた薬剤がCa拮抗薬であり、1群抗抗不整脈薬でなかったためです。

 1週後に記録したホルター心電図でもでも心房性期外収縮の連発を認めましたが、本人はこの不整脈を自覚していませんでした。しかし、心房細動はホルター心電図に記録されていません。

 以上が本例の経過です。一応、このような病歴、検査所見から、本例の今回の不整脈発作は「初回心房細動発作」と考えられます。本例の今後の治療をどのようにするべきかは非常に判断に苦しむ症例です。

 下図に初回心房細動発作を例の再発率と再発時期を示します。これはカナダでの登録研究で、初発心房細動例890例について3年間経過を観察した研究結果です。これらの例の半数以上は抗不整脈薬の継続治療を受けていません。経過観察は登録後3カ月後、1年後、2年後および3年後に来院させて、病歴を詳しく聴取すると共に心電図を記録し、心電図上で心房細動を確認するか、あるいは病歴で心房細動発作と考えられる発作を認めた場合に再発有りとしています。
 その結果、約半数は3年間の経過観察でも再発していません。また発作性心房細動再発例のほとんどは3カ月以内に再発しています。換言すれば発作性心房細動は、最初の3カ月以内に再発しなければ、約半数の例で3年間は再発しないという研究結果です。

 初発心房細動例で、再発する例が最初の3カ月以内に集中的に起こることは、初発心房細動例には、再発し易いような重篤な基礎疾患を持つ例と、比較的に予後がよい再発しない例を含んでいることを示しています。
(Humphries KH et al: New onset atrial fibrillation. Sex differences in presentation, treatment, and outocome. Circulation 2001,103:2365-2370)

 なお、この論文はInternetから無料でdownloadできます。googleの画面で、google scholarを選び、そこにHummphries KH, "New-onset atrial fibrillation" と入力すると、PDF fileとしてdownloadできる
サイトに到達できます。google scholarのURLは下記の如くです。
      http://scholar.google.co.jp/schhp?hl=ja

 心房細動の再発の有無を判断する際の厄介な問題に無自覚性心房細動があります。従って、本人が動悸などの自覚症状がなかったといっても、心房細動発作が起こらなかったと断言することは著しく困難です。

 下図は、ペースメーカー記録により心房細動発作を確認した例と、本人がそれを自覚した場合とを比較した成績を示します。この図を見ますと、患者が心房細動発作の出現を動悸発作として自覚していない場合でも、心房細動発作が多数出現しています。従って、本人が自覚しなかったからと言って、心房細動発作が起こらなかったとは決して言えません。
(Israel CW et al; Long-term risk of recurrent atrial fibrillation as documented by an implantable monitoring device. Implications for optimal patient care J Am Coll Cardiol 2004;43:47-52)
 なお、この論文も上記と同様の方法で全文を無料でdownload出来ます

 従って、本例で発作性心房細動の再発の危険性がかなり少ないと言っても、再発が起こっていないとは断言できません。心房細動で、最も重要なことは、再発があるかどうかということよりも、合併症としての脳梗塞の出現を如何に予防するかと言うことです。

 心房細動の治療の際に、心房細動のままで心拍数調節のみを行った場合と、抗不整脈薬を持続的に用いて洞調律を維持した場合の両者を比べて、どちらが良いかということは、長い間の論争の中心的課題でした。しかし、この問題は何れの方法によっても生命予後は同様であるとの結果にほぼ統一されてきています。また、慢性心房細動と発作性心房細動との間に、脳梗塞(血栓塞栓症)の出現率に差がないことも確立された事実です。

 本例は患者の訴えから判断しますと初回心房細動のように見えますが、ホルター心電図で連発性心房性期外収縮(発作性心房頻拍の短い発作)が多発している状況から考えても、心房細動の初発例であり、他に発作がないと断言することは出来ません。

 このような心房細動例で、脳梗塞の危険性を評価するにはCHADS2スコアによる評価を行うことが参考になります。CHADS2スコアというのは下表の5個の危険因子の頭文字を組み合わせて作った合成語です。これらの危険因子の内、C、H、A、Dのどれかに該当すれば各1点、Sに該当すれば2点を付与して、合計点がいくらかを求めます。このスコアが0の場合は脳梗塞のリスクが低く、抗凝血薬治療を行う必要がないが、≧2の場合はリスクが高いので、抗凝血薬治療を実施しなくてはならないと判断します。このスコアが1の場合は、抗凝血薬治療を考慮しても良いと判定します。心臓血管研究所の山下武志先生はその著書の中で、このスコアが1の場合でも抗血栓療法を行うべきことを勧めておられます。

 本例のCHDS2スコアは、高血圧、糖尿病があるので2点となり、脳梗塞発症の危険は高く、抗凝血薬治療の必要があると考えられます。下図にCHADS2スコア別の脳梗塞年間発症率を示します。

 つい最近まで、心房細動例での脳血栓の予防には専らワルファリンが使われてきました。しかし、ワルファリンを使う場合は、頻回に血液凝固能を検査し、その結果を国際基準であるINR値で表現し、それが1.6-2.6(目標2.0)になるように投与量を厳密に調節しなくてはなりませんでした。また、ワルファリンは多くの食材、薬品と相互作用を示し、大変、使用し難い薬剤でした。

 最近、ワルファリンに代わって直接抗トロンビン薬が開発され、保険も適用されるようになり、我が国でも使用可能になりました。まだ、現在は使用開始から日が浅いので、処方日数の限度が2週間までしか認められていませんが、2012年5月頃からはその制限が撤廃される予定です。

  抗トロンビン薬として我が国ではプラザキサという商品名で発売されており(1錠75mg,110mg)、通常は1日、75mg錠 ×4(朝夕に分服)を使用します。使用時に腎機能障碍の有無に注意し、推定糸球体濾過率(eGFR)が30-50ml/分の例では 1日、110mg錠×2(朝夕分服)を投与します。

 
 下記リンクのPDFファイルにプラザキサの使用方法、使用上の諸注意をまとめていますので、皆さま方の参考にすると共に患者さんに配布する資料としても御活用頂けるのではないかと思います。どうぞ御自由に御利用下さい。

 プラザキサの使用方法、使用解説へのリンク(1)リンク(2

プラザキサの脳梗塞予防効果はワルファリンと同程度であるといわれています。参考までにワルファリンの脳梗塞予防効果を下表に示します。

 以前から不思議に思っていたのですが、発作性心房細動は本例のように著しい頻脈を示しますが、慢性心房細動では通常,あまり頻脈を示さず、ただ労作時に心悸亢進を訴える程度の例がほとんどです。本例も発作時には50/分の頻脈で、患者は著しい苦悶感を感じ、自分ではまったっく身体を動かすことが出来ないほどであったとのことです。そのため、夜間や旅行中などに発作が起こった場合の対策についての希望を申し出がありました。

 心房細動発作が再発した場合には、直ちに最寄りの循環器専門医がいる診療機関を受診することが必要ですが、夜間や旅行中などで、そのような受診が出来にくい場合の対策として近年、「抗不整脈薬単回経口使用法」が行われるようになりました。

 このためには消化器系からの吸収が速やかで、内服すると直ぐ血中濃度が上昇し、排泄も早く、副作用が出現しても速やかに消褪するような不整脈薬を内服する治療法が「pills in the pocket」と呼ばれて使用されるようになりました。

 
 心房細動の内科的治療に関する日本循環器学会ガイドライン(2008)では、このような薬剤としてはピルジカイニド100mg, フレカイニド100mg, ピフェノン150mg、シベンゾリン100mgなどを用いることを示しています。ただし、これらの薬剤の単回経口使用時の注意として以下の諸点を上げています。  1)高齢者では減量使用すること、 
 2)腎機能障害例では、ピルジカイニド、フレカイニド、シベンゾリン使用時には過剰投与に注意すること、
 3)患者の判断で追加使用しないこと、
 4)初回使用時には心電図モニター下に行ない、有効性を確認でき、かつ洞停止などの興奮伝導障害をおこさないことを確認すること、また、過度のQT間隔延長やBrugada型心電図などを認めないことなど。

 勿論、QT延長症候群やBrugada症候群であることが最初から分かっている例では、このような治療を行うことは禁忌です。

 本例に対する指導としては、発作性心房細動出現後24時間以内であれば、脳血栓出現の危険が少ないと考えられているため、発作が起これば、まずピルジカイニド50mg内服(単回経口投与)を行い、2時間ほど経過を見てもなお心房細動が持続するようなら、速やかに循環器専門医がいる医療施設を受診するように指導しました。
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【註】心房細動の治療についてまとまった知識を得たいとお考えの方には下記書物を是非お薦めします。151頁の薄い書物で、価格は3570円と割高ですが、内容はこの価格は決して高くないと感じるような分かり易い名著であると思います。
   山下武士:心房細動に出会ったら、メデイカルサイエンス社、2008

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