Type 1波形を示すBrugada症候群でのICD治療の効果と合併症
(Sacher 研究、2013)

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 従来,Type 1波形を示すBrugada症候群で、若年急性心臓死の家禄歴がある場合、心臓電気生理学的検査(EPS)deta型性心室頻拍ないし心室細動が誘発されるような例などに対しては、ICD治療が勧められてきた。しかし従来、Type 1波形を示すBrugada症候群症例にICD植え込みを行った例を長期に観察して,この治療法の利害得失について詳しく検討した研究はなかった、Sacherらは このような例378例について、平均77カ月に渡って経過を観察し、この治療法の鋼材について詳しく検討した研究結果を発表している。 

 私が実際に経験したType 1波形を示すBrugada症候群症例を示し、この例の治療方針をどのようにするかを考える過程で、Sacherらの研究結果を照会し、Type 1波形を示すBrugada症候群症例の治療をどのようにするべきかについて考察を加えたい。

 症例:53歳、男性
主訴:心悸亢進
病歴:失神病歴なし。
家族歴:若年急死例の家族歴はない。
現病歴;健康診断で不整脈を指摘され, 近医を受診し, 2か月前から塩酸プロパフェノン1日450mg内服をはじめ、動悸などの自覚症状はなくなった。しかし、心電図波形異常が認められたため、徳島大学第2内科外来受診を勧められて来院した。

 下図は外来受診時の心電図である。
  1) この心電図の診断は?
   2) 本例では心臓電気生理学的検査を実施するべきか?
  3) 本例の予後予測についてどのように考えるか

 

 上の心電図では、V1,2に典型的なcoved型Brugada心電図波形が認められる。またV3では著明なST上昇を認める。標準肢誘導では、QRS軸は著明な左軸偏位を示し、左脚前枝ブロックが合併しています。coved型Brugada 心電図の場合、それが自然Type 1波形であるか、薬剤誘発性Type 1波形であるかは大切なことです。一般に自然Type 1波形の方が、悪性度は高いと考えられています。

 薬剤誘発性Type 1波形というのは, saddle-back型波形をフレカイニド、プロカインアミドなどのNaチャネル遮断薬)静注によりcoved 型波形に変化した例を指します。本例はプロパフェノン内服を2カ月にわたり続けています。プロパフェノンがBrugada症候群の薬剤誘発試験に用いられていないのは静注用製剤がないためです。しかし、静注でなくとも、本例のように経口的に十分量が投与されていれば、従来、saddle-back型であった心電図波形がcoved型に変わり得ます。本例では プロパフェノン投与以前の心電図がどのような所見を示していたか不明ですが、今回、紹介されるまで, そのことについて記載がないことは, 恐らく正常所見ないしsaddle-back程度の軽い変化に止まっていたのではないかと推測され,本例は薬剤誘発性Type 1心電図波形に属する例であろうと考えられます。

 本例は, プロパフェノンの長期内服により, 典型的なcoved型心電図を示しています。この例は健康診断で不整脈を指摘され,近医を受診してプロパフェノンの投与を受けました。健康診断受診時及び近医でプロパフェノン投与前に記録した心電図は確認されていません。本例は随分古い症例で, 最初、健診で不整脈を指摘され、近医でプロパフェノン内服治療を開始したのは1989年11月です。
Brugadaらが最初にBrugda症候群についての論文を発表したのは1992年ですから、その3年後の出来事です。

 本例を外来で診察して担当医は、「完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック」とのみ診断しています。恐らくV1,2の著明なJ波が、上昇したST部と一体化してcoved型波形を示す所見を単純に右脚ブロックのためと考えていたようです。当時、徳島大学第2内科では,循環器疾患は全例でベクトル心電図を記録していましたので、その際にたまたま私もこの心電図を見る機会がありましたが、本例の心電図所見は通常の右脚ブロックとは著しく異なると感じました。

 下図に示すようにV1,2とV5,6の同時記録心電図でその時相を比較し,V1,2の幅広いR'ように見える波は、著明に上昇したST部とT波前半が融合した波であると考え、文献を調査してOsher,Wolff(1953)の論文を引用し、右室の早期再分極によると考えて発表しています。この2年後に、Brugada症候群についての第1報が報告されました。因みにOscher、Wolffの論文に示されている心電図は, 正にcoved型Brugada心電図の典型的所見を示しています。

 現在、Brugada症候群の診断、治療指針として, 最も権威がある論文はAntzelevitchらが発表した第二次コンセンサス員会報告(2005)です。この報告ではBrugada症候群の治療針を、自然Type 1波形を示す例と薬剤誘発性Type 1の2種類に分け、それぞれについて添付file-3,4に示すような治療方針決定の流れ図を示しています。この勧告は主としてBrugada らの研究に基づいてなされていますが、ここ数年来、この勧告におけるEPSによる多形性心室頻拍ないし心室細動誘発の臨床的意義に関し,異なった研究dataが報告され、またICDの臨床的評価についてもいろんな疑義が指摘され、この第ニ次コンセンサス報告における治療指針は必ずしも適切でないとする意見が発表されています。

 下図はAntzelevitchらが示した第二次コンセンサス委員会報告における自然Type 1波形およびNaチャネル遮断薬誘発Type 1波形を示すBrugada症候群の治療方針についての勧告です。

 自然Type 1波形を示すBrugada症候群の治療指針

Naチャネル誘発Type 1波形を示すBrugada症候群の治療指針

 Sacherら(2013)は、Type 1 Brugada型心電図(自然Type 1および薬剤誘発性Type 1)を示す378例にICD植えこみを行い,平均77カ月(77±42カ月間にわたり経過を観察した結果について発表しています。 添付file-5にSacherらがICD植えこみを行ったType 1心電図症例378例の臨床特性を示します。彼らは378例を下記の3群に分類しています。
 1) 心停止からの蘇生群(31例)
 2) 失神群:失神の原因が心臓基因と強く考えられる例(181例)
 3) 無症状群(166例):この群に属する例としては、ルーチン検査で心電図を記録して見つかった例およびBrugada症候群患者家族
の健診で見つかった例を含みます。

 これら3群におけるICD植え込み治療の転帰(効果及び合併症など)を下表に示します。

 心臓電気生理学的検査(electrophysiologic study, EPS)は310例(82%)に実施しており, 228例(76%)に陽性結果が得られています。
EPS実施率が高率ですが、これは第二次コンセンサス報告の指針に沿って患者に受診を勧めた結果です。 Brugada症候群に関する第2次コンセンサス報告(2005)では、自覚症状が全くなくとも, 心電図がcoved型を示す場合は(例え薬剤負荷後にcoved型になった例でも)、「EPS検査を実施することは正当化される(justify)」とされています。EPS検査成績は,心停止からの蘇生群でのEPS陽性率は53%ですが、無症候群ではこれよりも陽性率が(76%)高いことはは注目する必要があります。第2次コンセンサス報告による治療勧告では, 例え無症状であってもEPS陽性例はICD植えこみがクラスⅡaと評価されています(クラスⅡa:有用性に関し相反するdataないし意見の相違があるが,有用であるというdataが多い)。

 EPS陽性の判定は, 心室の電気的刺激により心室性不整脈が誘発された場合に陽性と判断しますが、この際, 心室性不整脈誘発陽性とは, 持続が30秒以上で、失神ないし循環虚脱症状を示すか,あるいはその頻脈発作の停止に薬剤ないし電気ショックなどの介入を必要とした場合をEPS陽性と判定しています。

  ICDを植え込まれた後、心停止蘇生群ではEPSの適正放電(頻脈性心室性不整脈を検出し、その停止のために放電された場合)が39%と比較的高率に認められることは当然であって、ICD植えこみの効果があったと言えます。適正放電は,失神群でも12%、無症候群でも7%に出現しています。しかし、不適正放電の出現率も高く, 心停止蘇生群で19%失神群で21%, 無症状群でも28%に認められています。無症候群について言えば, 不適正放電が適正放電の4倍も多く起こっていることは無視できない成績です。ことに不適正放電が原因で死亡した例も1例認められています。不適正放電とも関連がありますが、リード(導線)の故障も多く認められ, 全例の16%に認められています。

 ICD植えこみ、ことにその不適正放電への恐れ、危惧などが原因で, 高度の鬱状態に陥った例も報告されており,これらを総合すると, 第二次コンセンサス委員会勧告が述べているように、たとえType 1心電図を示す例であっても, 無症候群や失神群に対するICD植えこみの決定は, その利害得失を十分に考慮し、患者本人および家族を含めて、十分に説明し,診療側及び患者側が相互に理解した上で治療方針の決定を行うことが必要です。

 近年、ICD機器の改善、リードの改良、遠隔モニターリングシステムの普及などにより、リード不良の早期発見とその対策などが行われるようになり、ICDの不適正放電が減少したことが指摘されており、このような手段の適用を積極的に図ることが必要です。遠隔モニタリングシステムについては、Japan LifeLineのホーム頁を参照して下さい。

 以上、本例は薬剤負荷Type 1心電図症で,無自覚性です。プロパフェノン内服を中止し,本人が訴える不整脈がどのような不整脈のカテゴリーに属するかを明らかにし,その上で治療方針の再検討を行うことが必要です。その際,心臓電気生理学的検査の必要性は,従来よりは低く評価されており、その実施はICD植えこみの必須条件ではないことを理解し, 患者及び家族に本症候群についての現時点での情報を詳しく伝えて、経過を観察することが必要であると思います。
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