Type 1波形Brugada症候群へのICD治療の評価
 ISURABUR研究(Rossoら、2008)

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 Brugada症候群の心電図所見で臨床的意義があるのはType 1波形(coved型)であり、saddle-back型の場合にはBrugada症候群という診断名は使用しません。Brugada症候群と診断する際には,Type 1波形(coved型波形)の出現を確認することが必要です。臨床的にBrugada症候群が強く疑われるが、心電図がsaddle-back型を示す場合には、Naチャネル遮断作用がある1群抗不整脈薬(ピルジカイニド、アジマリン、フレカイニドなど)を静注して, coved型に変換されることができた場合に初めてBrugada症候群と診断できます。

 Brugada症候群は、多形性心室頻拍、心室細動などで心臓突然死を起こす重篤な疾患ですから、Type 1波形(coved型波形)を示す例を診た場合、どのように対応し、どのように診療を進めるべきかと言うことは臨床的に極めて大切な問題です。そのため、Brugada症候群に対する第二次コンセンサス委員会報告では,自然Type 1波形を示す例と、Naチャネル遮断薬静注負荷によりType 1波形が出現した例に分け、」それぞりについての診療指針が示されています。

 Brugada症候群の心臓性急死への対策としては, 現時点では植えこみ式自動除細動器が最も信頼性が高く、かつ有効な治療法であるとして、かなり広範な対象にICD治療が勧められてきました。しかし、ICD植え込みを行ったBrugada症候群症例が多く経験されると共に,その利点及び欠点が次第に明らかにされ、第二次コンセンサス委員会の治療指針は, 必ずしも妥当でない場合が多くあることも次第に明らかにされてきました。

 そのため、coved型心電図波形を示すBrugada症候群症例に対してICD植え込みを行った例で, 長期にわたって経過を観察し, どのような場合にICD適正作動(心室頻拍、心室細動への放電)が起こるのか、また適正作動がどのていどの程度の頻度で起こるのか、あるいは誤作動の種類とその頻度;デバイスやリードの故障がどの程度の頻度で起こるのか、若年性Brugada症候群症例でのデバイス寿命(デバイス交換時期)はどれくらいの期間と考えるべきか、などの多くの問題が世界的に検討され始めています。

 そのような研究として、FINGER研究(Probstら、2010)、Sacher研究(2006), ISRABUR研究(Rossoら,2008)などがありますが、今回はRossoらがイスラエルで行ったISURABUR研究(2008)について紹介したいと思います。
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 それに先だって、まずType 1 Brugada心電図を示す例を紹介し,その治療について考えてみたいと思います。
 
 症例:44歳、男性
 主訴:失神発作
 家族歴:特記するべきことなし。
 既往歴:3年前の10月バス旅行中に意識喪失発作を起こしたことがある。1昨年秋、人間ドック検診を受け, 洞徐脈、心電図異常を指摘されたが、特に健診担当医からはそれ以上の説明もなく、また生活指導や詳細な検査の必要性についての注意、助言などは受けなかった。その際に記録した心電図を下図に示す。

 昨年6月10日夜、夕食にビール大1本を飲み、ソファに座ってテレビを見ていたところ、気分が悪くなり, 急に意識を失った。妻が傍らでその様子を見ていたが, 本人は目を開き, 白眼をむき、約1分間ほど意識を失っていた。そのため、夜間であったが近医を受診した。近医を受診した際には, 意識はすでに清明で、血圧120/60 mmHg, 脈拍70/分で、理学的所見に異常を認めなかったが,心電図で右側胸部誘導でのST上昇と不完全右脚ブロック様所見を認めた。担当医はジギタリス製剤であるラニラピドを頓用させて、経過を見るように指示して帰宅させた。

 帰宅後、臥床したが, 大きいいびきをかき、状態がおかしいため、再度近医を受診し, 大学病院を緊急受診するよう勧められて来院した。下図は大学病院救急外来受診時に記録した心電図である。

上に示す枚の心電図の所見、臨床診断、治療方針は?またEPS検査(electrophysiologic study, 心臓電気生理検査)を行うべきか?
 (本例は 高松市宮脇町 野村循環器内科 野村昌弘先生の御経験例です。)
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解説
 この例は44歳男性が誘因なく失神発作を繰り返し, 発作後に来院した際には, 全く自覚症状はありませんでしたが、心電図には極めて特異的な波形認めた例です。先ず来院時心電図を見みますと, 基本リズムは洞調律で、P波には異常を認めません。QRS間隔は0.12秒と拡大し, QRS軸は右軸偏位傾向を示し, 第1-3、V5,6誘導のS波の幅が広く, 一見,右脚ブロックを思わせます。

 救急外来来院時の心電図の最も特徴的な所見はV1, 2に認められます。V1ではS波上行脚は基線を遙かに超えて上昇し, 頂点(J点)から比較的急峻に斜めに下降して陰性T波に移行しています。このような波形をcoved型ST上昇と呼びます。V2ではJ点は基線より遙かに上方に偏位し,著明なST上昇を示して陽性T波に移行しています。

 これらの所見、ことにV1の高く上昇したJ点、それに引き続いて著明に上昇したST部から斜めに急峻に下降して陰性T波に移行する所見から、この心電図はcoved 型Brugada心電図と診断されます。従って本例の失神(意識喪失)発作はBrugada症候群によるもので、一過性に心室細動が出現し, そのため脳虚血を起こし、アダムス/ストークス症候群による意識障害を起こしたものと診断されます。妻が認識した睡眠時の大きい「いびき」は、「瀕死時のいびき」と呼ばれている呼吸で, 短い持続の心室細動発作が出現したものと考えられます。

 Brugada症候群の心臓発作(心室細動発作)は、自己収束的で,自然に停止し、繰り返して出現するのが特徴です。極めて希に,ただ1回の初回心室細動発作で死亡する例もないことはないと思いますが、ほとんどの例が短い持続の心室細動発作(自覚的には失神発作)を繰り返して起こします。

 皆さま方は, 3年前の健診時に記録した心電図を見て、このV1の波形からcoved型Brugada心電図を推測されたでしょうか?この波形に似た心電図波形は、健康診断では比較的しばしば経験します。このような所見を認めた場合に行うべき事は下記の4点です。
 1) 今までに失神発作を起こしたことがないか?
 2) 家族に不明の原因の若年急死例(<45歳)はいないか?
 3) 夜間の睡眠中にうめき声のような呼吸をしたことがないか?
 4) 以上の問診を行った上で, 通常の胸部誘導(V1-3)記録部位よりも1肋間及び2肋間高位でのV1-3対応誘導での心電図を記録する。

 これだけの対応は是非しておくべきであると思います。実際、本例は入院中に意識喪失発作を起こし、その際には下図に示すように心室細動が記録されました。

 また発作間欠期にピルジカイニド(選択的Naチャネル遮断薬、商品名サンリズム)静注負荷により典型的なcoved型Brugada心電図波形が記録されました。

 このピルジカイニド静注負荷前心電図のV1-3誘導波形を皆さま方の記憶に是非留めておいて頂きたいと思います。このような波形を認めた際には, 上記の4項目のチェックを是非して頂きたいと思います。本例では失神発作が繰り返して出現しており、それが一過性心室細動発作によることが確認されています。従って治療法としてはICD植えこみ治療が第一選択です。心臓電気生理学検査を実施する必要はありません。

 しかし、ICD植えこみには諸種の合併症が高率に起こり得ることを十分に説明しておくことが必要です。またICD治療について十分な経験の蓄積がある施設で実施して貰うことも必要です。最近普及しつつあるICDの遠隔モニタリングシステムを使用することはリード(導線)やデバイス(装置)の軽い異常を早期に検出でき,不適切放電などの重大な合併症の出現予防に役立つと考えられす。
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追補
 coved型Brugada心電図を示す例を見た場合、どのように対応すれば良いかの判断については、皆さま方も色々心を悩ます場合が多いのではないかと思います。この問題についての対応は、Brugada症候群のいろんな病型の患者にICD (implantable cardioverter defibrillator, 植込み型除細動器)を植え込んだ場合、どのような経過を示したか(効果があったか,合併症は起こらなかったなど)について検討することが大切であると思います。

 このような点を理解した上で、ICD植え込みが、個々の例で有益であるか、あるいは不利な点があるとすれば、どのようなことが問題であるかを、個々の患者に即して本人および家族に詳しく説明した上で,医師としての考え方を話し,それを聞いた上での患者及び患者家族の決断に委ねる いわゆるinformed concent(説明と同意)の本来の立場に立って治療方針を定めることが必要です。

 そのためにはBrugada 症候群のいろんな病態の症例にICDを植え込んだ場合の利害・得失の現況を医師が十分理解しておく必要があります。Sacherらは、320例のType 1 Brugada型心電図を示す例にICD植え込みを行い、38±27カ月間にわたって経過観察を行いましたが、不整脈事故の出現頻度は少なく、年間適正放電率は2.6%で、適性作動は18例(8%)に認められたに過ぎませんでした。

 他方、不適正作動(不必要な放電)は45例(20%)の高率に認められ、これは適正作動(8%)の2.5倍に相当します。ICD不適正作動の原因は、導線の故障が最も多く(19例)、T波の過剰検知、洞頻脈(各10例)、上室頻拍(9例)などが原因として認められています。他方、登録時(レジストリー当初、初診時)には無症状であった例が(無症状群)、経過観察期間(平均31カ月、17-54.5カ月)中にICDが適正作動した例が5例(4%)あり、これらの例での登録時から最初のショックまでの期間の中央値は16カ月(1.5-43カ月)であったことが報告されています。すなわち、初診時に心電図がcoved型波形を示す例では,その時点で無症状であっても, 経過観察期間(17-54.5カ月)中に5例(4%)がICDが作動する程度の不整脈事故(心室頻拍、心室細動)が出現しています。このような心事故が初発した時期は登録後平均16カ月(1.5-43カ月)であったとのことです。

 Sacherらの論文は320例と極めて多数例を取り扱っていますが、論文内容が分かり難い欠点があります。Rossoら (2008)は、イスラエルの12施設の共同研究を行い、59例のBrugada症候群にICD植え込みを行い、その利点と欠点について検討した論文(ISRABRU研究)を発表しています。この論文は内容がは非常に分かり易く、ICD植え込みを考慮する際に非常に参考になると思いますので以下に紹介します。

  Rossoらの研究対象は、Brugada症候群でICD植え込みを行った59例で、その内訳を下表に示します。これらの59例のほとんどの例は、自然Type-1ないし薬剤負荷Type-1波形を示す例で、59例全例にICD植え込みが行われています。

 これらの例は、ICD植え込み適応により下記の3群に類しています。
 1) 心停止からの蘇生群(11 例)
 2) 失神群(多形性心室頻拍、心室細動以外の可能性が考えられない失神例、31例)
 3) 無症状であるが、EPSで心室細動の誘発が可能な例(14例)及び急死家族歴がある例(3例)
  〔註〕1)2)を有症状群(症候性)、3)を無症状群(無症候性)と呼びます。

 これらの59例全例に対してICD植え込みが行われていますが、ICD植え込み適応により分類した各群の頻度を下表に示します。

ICD植え込み適応内容   例数  %  
心停止病歴  症候性   11   18.8 97.1
 失神  31  52.5  
 無症状であるが、EPSで心室細動誘発 無症候性    14 23.7 28.8 
 急死家族歴  3  5.1  
計    59  100 

 下表は有症候群および無症候群における自然Type 1波形を示す例の頻度を示します。これら2群における自然Type -1波形の出現率には差はありません。

 下表は有症状群及び無症状群におけるEPS実施例数とEPS陽性率を示します。全例59例中42例にEPS検査が行われていますが、EPS陽性率は各群共に高率です(80.0-93.3%)。

 下表は重要な研究結果です。すなわちICD植え込みを行ったBrugada症候群全例を心停止蘇生群とそれ以外の群の2群に分け,各群で観察期間中に認められた 適正放電率を示します(観察期間;45±35カ月、4-160カ月)。その結果、心停止病歴がある群では約半数(45.4%)で経過中に適正放電が起こっていますが、心停止病歴がない群では適正放電が起こった例は認められていません。他方、ICD植え込みに関連した合併症は全植え込み例の32.2%の高率に認められています(添付file-6)。最も多いのは不適切ショック(不適切放電)で、これは心室頻拍や心室細動が出現していないのに放電によるショックが起こるもので、ICD植え込み例の27.1%に認められています。他方、本来のICD機能である適正放電の出現率は8.5%ですから、有害な不適切放電が有用な適切放電の3.2倍と著しく高率に出現してます。このことは、ICD植え込み例では、治療対象となる心室頻拍などが出現していないのにかかわらず、いつ心臓への電気ショックが加えられるか分からないという不安に曝されていることになります。

 このような問題に関連して、ICD 植え込み例の中には「うつ状態」に陥って自殺した例や職場を退職せざるを得なくなった例があることが報告されており、このような例では精神的ケアが必要です。更にデバイス交換などのために再インターベンション(再侵襲)を余儀なくされた例が11例(8.6%)に認められています。また、気胸、上腕神経叢障害、右室穿孔なども各1例認められています。本例に関連して紹介したSacherら及びRossoらの研究から言えることは,以下の諸点ではないかと思います。

 1) 停止蘇生群は、高率に再発があるため、ICD植え込みの絶対適応がある。この際、ICD植え込みに関連して諸種の合併症出現の可能性、頻度などについて患者に詳しく説明しておく必要がある。
 2) 失神群の中には迷走神経反射性のものが含まれている可能性があるから、ループレコーダーなどによる確認が役立つ。しかし、この経過観察期間中に心臓事故が起こり得ることを患者に告知しておく必要がある。
 3) 植え込み適応を考える場合、急死家族歴、遺伝子検査結果、EPS検査結果は有用でない。
 4) Rossoらの研究(観察期間45±35カ月;4-160カ月)では、無症状群では、観察期間中に適正放電が認められていない(致死的不整脈発作は出現していない)が、Sacherらの研究では(平均観察期間31カ月、17-54.5カ月)114例の無症状例中5例(4.4%)に適正放電が出現している。

 ただBrugada症候群での心臓事故(心室頻拍、心室細動)は多くの場合は自己収束的で, 最初の発作で死亡する例は非常に少ないと考えられ、経過観察を行い、最初の発作が出現して時点で速やかにICDを植え込むという考え方もあるが、必ずしも絶対的な事故予防手段にはなりません。

 またキニジン内服の有用性が指摘されていますが、かなり高用量の内服が必要で、副作用のために継続的な内服ができない例が多いという欠点があrいます。また我が国で広く使用されているキニジン製剤である硫酸キニジンについて、至適内服容量などの検討は未だなされておらず、今後の重要な検討課題であると思います。最近、右室流出路心外膜面のablation治療が一部の施設で実施され、有用であったとの報告があり、今後の検討課題であると考えられます。

 以上,Brugada 症候群に関連したICD植え込み治療の問題点について、Sacher らおよびRossoらの研究を紹介する形で述べました。参考にして頂ければ幸甚です。

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