進行性心臓伝導障害(Lenegre病)

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目次

進行性伝導障害(Lenegre病)の概念(本章に記載)
2 Lenegre病の症例呈示(高島康治ら、1975)
3 進行性伝導障害とSCN5A変異との関連を明らかにした最初の論文
(Schott J,Alshinawi C et al,1999)
4 1家系内の5人に興奮伝導障害、高度徐脈発作を認めたSCN5A変異例
(Tan HLO, Blink-Boelkens MTE, et al, 2000)
5. LQT3症例の家系のSCN5A変異carrierにBrugada症候群、Lenegre病を認めた報告(Grant AO et al:J Clin Invest 110)8):1201-1209,2002)
6. 単一遺伝子変異を持つ同一家系にBrugada症候群とLenegre病の多発を認めた1家系(Kyndt F et al:Circulation 104:3081-86,2001)

1.概念
 心臓刺激伝導系に特異的に認められる進行性の線維性置換により、特殊心筋細胞が著しく減少ないし消失し、脚ブロック、房室ブロックなどの心臓内興奮伝導障害が進行性に出現する病態を進行性心臓伝導障害(progressive cardiac conduction defects, PCCD)または孤発性心臓伝導障害(isolated cardiac conduction defect, ICCD)と呼ぶ。

 弧発性という意味は、一般作業心筋には異常がなく、刺激伝導系心筋のみに選択的に線維性置換が出現す
るためにその様な名称で呼ばれている。本症は、また最初に記載した人の名前を冠してLenegre病とも呼ばれ留場合もある。

 Lenegre は、一般心筋に異常がなく、両脚の維性置換のために脚ブロックを起こし、進行して完全房室ブロックを起こし、臨床的にはアダムス・ストークス症候群を起こす病態を初めて記載し、後にRosenbaumによりこのような病態に対しLenegre病と名付けられた。

 Lenegre,Moreau(1963)は、37例の房室ブロック例について刺激伝導系の組織学的検索を含む剖検的検討および心電図検査を含む臨床的検討を行い、房室ブロックの成因(基礎疾患)について検討した。これらの房室ブロック例はは、完全房室ブロック34例、不完全房室ブロック3例からなっている。その結果、房室ブロックの剖検所見に基づく成因は、臨床所見から推測される成因とは一致せず、明らかな基礎的心疾患を伴わない,一次的な心臓刺激伝導系の変死に基づく例が多いことを明らかにした。

 Lenegre,Moreauの検討成績は下表の如くである。

基礎疾患 例数
腫瘍 2 5.4
筋疾患 2 5.4
Valsalva洞動脈瘤 1 2.7
大動脈弁疾患 5 13.5
虚血性心疾患 10 27
変性 17 45.9
合計 37 100

下図は,上の表を棒グラフとして示したものである。

 これらの図表を一見して明らかなように、Lenegreらの研究成績によると、房室ブロックの原因としては明らかな基礎疾患がない刺激伝導系心筋の変性によるものが多く、このような変性の原因として虚血、炎症は考えがたく、一次的な硬化変性過程によると考えられ、その真の原因は不明であるとしている。

 また、このような変性が認められる刺激伝導系の部位としては、Lenegreらは下表のような結果を示している。

部位 例数
両脚 24 64.9
His束 10 27.0
田原結節 1 2.7
田原+His 1 2.7
左脚 1 2.7
37 100
房室ブロックの際に刺激伝導系に
変性を認める部位(Lenegre)

 下図は上の表を棒グラフとしたものである。完全房室ブロックの際の刺激伝導系心筋の変性・線維性置換は両脚(右脚+左脚)に最も多く、ヒス束はその半数以下であり、房室結節(田原結節)などに生じる頻度は著しく少ない。アダムス・ストークス症候群、完全房室ブロックの際の心臓刺激伝導系の障害部位としては、両脚の線維化を認める場合が最も多い。このことは完全房室ブロックが出現する前の心電図所見として脚ブロックを示す例が多い事実とよく一致している。

アダムス・ストークス症候群ないし完全房室ブロック時に刺激伝導系各部
に変性が出現する頻度

 Lenegre病に類似した病態にLev病というものがある。これは心房・心室を境する中心線維体(central fibrous body)の線維化、石灰化により、その中を貫通するヒス側末端、両脚基部が圧迫・障害を受け、心室内伝導障害を起こす病態をいう。しかし、近年、Lenegre病とLev病は同一病態に分類する研究者もいる。

 上記のように本症には種々の呼称があるが、一般的にはICCD, Lenegre病という病名が広く用いられている。本症の頻度については、正確な統計はないが、臨床的には頻度が多い疾患であると考えられている。


 本症が最近、注目を浴びるようになったのは、本症の中には家族性に出現する例があり、心筋細胞膜のNa+チャネルを支配する遺伝子SCN5Aに変異が認められることが明らかとなり、いわゆるチャネル病の1種として脚光を浴びるようになった。

 この遺伝子SCN5AはBrugada症候群や遺伝性QT延長症候群3型(LQT3)の原因遺伝子としても知られており、1つの遺伝子の異常が異なった表現型(phenotype)をとる例として興味が持たれ、overlap症候群という新しい疾患概念を基礎づける疾患としても注目を集めている。

 

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