低K血症による二次性QT延長症候群解説

二次性QT延長症候群 遺伝性不整脈 QT延長症候群 トップページ

低K血症によるQT延長とVPC頻発 意識喪失を主訴とした53歳女性(症例解説)

 下図は共同診療となった時点で認められた不整脈の心電図である。波形の異なる多源性心室性期外収縮が単発あるいは連発し、心筋過敏性の亢進が示唆される。

共同診療になった時点の心電図
この記録の前半では多源性心室性期外収縮が連発し、
いわゆるchaotic heart actionの所見を示している。

 下図は心室細動発作時の心電図である。前半では、QRS波とT波の区別がつかない心室群が連続出現しており、多形性心室頻拍 〔polymorphic ventricular tachycardia (polymorophic VT)〕あるいはchaotic heart action (chaotic=無秩序な)と呼ぶべき不整脈を示す。 chaotic heart actionは、著しい心筋過敏性の亢進を示し、心室細動の前駆的所見と考えられる (prefibrillatory stage)。

低K血症による心室細動心電図
心室細動発作時の心電図
本気録の前半では、QRS波とT波との区別がない不規則な
振動が認められ、後半では自然に洞リズムに復帰している。

 下図は、共同診療時の標準誘導心電図である

低K血症によるQT延長心電図
術後の低K血症時の心電図で、血清K濃度は3.4mEq/Lであった。

 この心電図は、心拍数 91/分の洞調律で、QRS軸は左軸偏位を示す。V4のS波はR波よりも大きく、心臓長軸周りの時針式回転がある。T、U, aVL, aVF, V2−V6に深い幅広い陰性T波を認める。最も注目すべき所見は、各誘導のT波後半になだらかな結節がある所見で、これはU波がT波に融合した所見である (T-U融合)。陰性U波が陰性T波に融合しているために著しく奇妙な波形を示し、QT間隔(QT-U間隔)は著明に延長している。

 U波の著明化、T-U融合、QT-U間隔の延長は、低K血症の特徴的所見であるが、陰性U波を示す所見は非典型的である。本例では意識喪失発作が頻発している。これは上に示した不整脈から分かるように多形性心室頻拍、恐らくはそれから一過性心室細動に移行したことにより誘発された意識喪失発作 (Adams-Stokes 症候群) ではないかと考えられる。このような発作時には、脳虚血のみならず、心筋虚血も出現する。下図に術前心電図を示すが、T波は平低であるが、共同診療時の心電図に見るような陰性T波は認められていない。従って、上に示す共同診療時の心電図に見る陰性T-U融合には、低K血症に加えて、心筋虚血の関与が考えられる。
 心電図診断: (1) 心筋虚血、(2) 低K血症心電図。



 下図は術前心電図を示す。

手術前心電図
術前の心電図

 本例の臨床病像の特徴は、手術前にはややT波が平低である以外はほぼ正常な心電図所見を示していたが、手術により卵巣癌の摘出と共に大量の腹水を除去し、以後、心筋過敏性が著しく亢進し、多源性心室性期外収縮の頻発、多形性心室頻拍ないし chaotic heart action の出現と共に意識喪失発作が頻発した。この時点における心電図では、深い陰性T波、著明な陰性U波、T−U融合によるQT-U間隔の著明な延長などの所見を認め、心筋虚血と共に低K血症を示す所見と考えられた。この時点の血清K濃度は3.4mEq/Lであった。

 本例における低K血症の出現には大量の腹水除去が関係している。大量の利尿、腹水除去などの際に、水分と共に電解質、ことにカリウムが失われて低K血症が出現し、心筋過敏性亢進がおこり、これが多形性心室頻拍、心室細動などの致死的不整脈を惹起する例があることは古くから指摘されていた。高度の腹水を伴う「うつ血性心不全例」にジギタリス剤と共に利尿薬を投与し、大量の利尿が起こると共にジギタリス中毒症状が出現することがあり、「再ジギタリス化現象(redigitalization phenomenon)」 と呼ばれていた。その機序として、以前は 腹水中に含まれているジギタリスが血中に再動員され、急激に「ジギタリス中毒症状」が出現するためと考えられていた。しかし、この現象は 腹水中のK喪失により生じた「低カリウム血症」のために心筋の過敏性が亢進し、ジギタリス不整脈が誘発されることにより生じると考えられるようになった。

 本例に見られた心筋過敏性亢進に基づく心室性不整脈は、カリウム補給、キシロカイン静注により軽快し、意識喪失発作も出現しなくなった。

 まとめ:大量の腹水除去の際には、電解質、ことにKの大量喪失により低K血症を生じ、心筋過敏性が亢進し、多形性心室頻拍、chaotic heart action, 一過性心室細動 などの致死的不整脈が誘発されることがあるため注意が必要である。

術後に見た低K血症性QT延長解説 この頁の最初へ