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早期再分極(波)は、以前は後棘と呼ばれ、normal varinatの1所見で、臨床的意義は無いと考えられていた。しかし、早期再分極期(波)はJ波として知られていた心電図波形の表現であり、不整脈の出現と密接な関連がある場合があり、ことに特発性心室細動の基質として注目されるようになり、臨床的に関心を集めるようになった。 本章では早期再分極(early repolarization, ERP) の臨床的および心電図的特徴について解説する。
1.早期再分極の臨床的特徴
Gussakは、早期再分極の臨床的特徴として、下記の諸点をあげている。
1) 早期再分極(波)の健常者での1〜2(〜5)%に認められる。
2) 若年者に多く、加齢とともに正常化傾向を示す。
3) 運動家に多く認める。
4) 閉塞性肥大型心筋症、心室中隔欠損症、心室中隔肥大例、検索肥大例、コカイン中毒例に多く認める。
5) 男性に多く認める。
6) 家族出現例がある。
7) Brugada型心電図との合併例が少なくない。
8) 急性心筋梗塞、心膜炎、心室内伝導障害との鑑別診断が必要である。
(Gussak I,Antzelevitch C:J Electrocardiol 33(4):299,2000)
2.早期再分極波の心電図的特徴
Gussakは、早期再分極波の心電図的特徴として下記の諸点をあげている。
1) QRS波下行脚の明らかな結節ないしスラーが、上方凹の広汎なST上昇を伴い、陽性T波に移行する。
2) 中側方胸部誘導(V3-6)、下方誘導(第2,3,aVF)、側方誘導(第1,aVL)に出現し易く、aVRでは reciprocalなST低下を示す。(reciprocal=相反的な)
3) J波の振幅、ST上昇度は著明に変動する。その著明に変動する状態をwaxing
and waning現象と表現する。(waxing and waning:おおきくなったり、ちいさくなったりすること)
4) 心拍依存性があり、徐脈時には顕性化し易く、高頻度ペーシング、運動後の頻脈時などには正常化方向への変化を示す。
下図は、J波(早期再分極波)の徐脈依存性増強を示す。
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期外収縮後の代償休止期のように先行拡張期が長い心拍ではJ波は増高する。(Aizawa Y et al: Am Heart J126(4):1472,1993) |
しかし、Boineauは早期再分極波を示す例には、単に再分極期の異常所見だけではなく、下記のような脱分極期の異常所見を示すことを指摘している。
(1) QRS波の電圧増大、
(2) QRS波の起始部のスらー、
(3) QRS波起始部の緩やかなsloping、
(4) 極めて急峻な内効果様振れ(intrinsicoide deflection)
(5) 上記の(3)(4)の所見により生じるQRS波上行脚と下行脚の非対称性(斜塔、leaning
tower),
下図は, Boineauが心尖早期再分極の例として提示している心電図である。V4-6にJ波があり、V1-6, ことにV3,4で著明なST上昇を認める。QRS波の振幅増大、V4-6でQRS波起始部のスラー、比較的緩徐なQRS波上行脚、極めて急峻な内効果様振れ、QRS波上行脚と下行脚との非対称性(leaning tower, 斜塔)などの所見が典型的に認められる。
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QRS波の高電圧、波起始部のスラー、斜塔所見、J波、ST 上昇を認める。(Boineau JP:J Electrocadiol 40:3.e1-e10,2007 |
下図は, Boineauが下方早期再分極(inferiorl early repolarization)の諸型として模型的に示した心電図波形である。上記の早期再分極にともなう脱分極波(QRS波)の異常所見と特徴がよく表現されているるる
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Boineauが下方早期再分極の代表的所見として示した第2、3,aVFの心電図波形: QRS波起始部のスラー、緩徐なQRS波上行脚、急峻な内効果様振れ、QRS波形の非対称性(斜塔、leaning tower), J波、上方凹のST上昇、陽性T波などの所見を認める。 (Boineau JP:J Electorocardiol 40:3,e1- 10, 2007 |
3.J波が再分極期の波であることの立証
早期再分極波は、以前は後棘と呼ばれ、脱分極波の一部と考えられていた時期もある。しかし、Boineauの心外膜面電位mappingなどの研究成績から、J波は再分極期の波であることが立証された。すなわち、Boineauは冠動脈バイパス手術を受ける患者の術前の胸部誘導心電図V4に早期再分極波を認めた例において心外膜表面36か所から直接心外膜面電位図を同時記録し、多くの心外膜面記録部位の電位図にJ波を記録することができたが、これらの諸誘導で記録されたJ波は、J波が記録された全ての部位において内効果振れの後に記録されていた。
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Boineau JP:J Electrocardiol40:3.e1q-e10,2007 |
また、下図は上図のJ波が記録された部位を取り出して拡大表示したものである。J波は各記録部位において、内効果振れの終了後に記録されていることがわかる。
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V4に明らかなJ波が記録されている。心外膜面でもJ波が記録されており、これらの部位で記録されたJ波 は何れもその部位での内効果振れの後に記録されており、これが脱分極期の波でなく、再分極期の波であることを示している。 |
またHaissaguerreらは、特発性心室細動107例を再分極波(J波)を有する群(44例)と有しない群(63例)の2群に分け、これらの2群における心室遅延電位の出現率を比較しているが、心室遅延電位の出現率は両群間に差を認めず、このことも間接的に再分極波が脱分極期の波でなく、再分極期の波であることを示している。
下表は特発性心室細動を再分極の有無に分けた場合の両群における心室遅延電位の出現率を示す。
/ | 早期再分極波 | p値 |
||||
(+)群(44例) | (-)群(63例) | |||||
例数 | % | 例数 | % | |||
心室遅延電位 | 5 | 11.4 | 8 | 12.7 | 0.84 |
4. 早期再分極例でのST上昇が基線偏位ではなく、真のST偏位であることの立証
早期再分極例においては、単にJ波の顕著化のみではなく、ST上昇を伴うことは本章の「心電図的特徴」の項目で述べた如くである。しかし、早期再分極のST偏位は、急性心筋梗塞や心膜炎などの際のST偏位とは本質的に異なる所見であることに注意する必要がある。
本来、日常臨床で使用されている心電計では、心電図の真の基線を記録することは不可能である。それは心電計がCR結合方式という増幅形式を採用しているからである。心電計で真の心電図基線を記録するためには直流増幅器を使用しなければならないが、このような増幅器を用いたのでは、実際上、心電図を記録することができない。他方、心磁図では、心磁図記録用の磁束計を胸壁から遠ざけることにより容易に基線を確認できる。
電気と磁気との間には密接な関係があり、電流が流れるとその周囲に弱い磁界を生じる。心起電力は、胸郭内および胸郭周囲に電位分布を作り、胸郭周囲に弱い磁界を生じる。この磁界を鋭敏な磁束計を用いて記録したのが心磁図(magnetocardiogram、MCG)である。
微弱な心臓磁界を記録するためには、通常、超伝導量子干渉磁束計(superconducting qauantum interference device, SQUID)という装置が用いられるが、地球磁界、その他の環境磁界によるノイズを除去するために一次微分型ないし二次微分型SQUID磁束計が用いられる。
下図は、徳島大学医学部第二内科教室で、私どもが使用していた二次微分型SQUID磁束計である。この磁束計を液体ヘリウムを満たした容器(dewer)に入れ、SQUIDを構成するコイルをできるだけ前胸壁に近づけて心磁図を記録する。
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徳島大学医学部 第二内科設置の 二次微分型SQUID 磁束計による 心磁図記録 |
下図は実験的冠動脈結紮時の心磁図を示す。上は結紮前のコントロール時の心磁図で、ST偏位は無く、基線レベルにある。下方は冠動脈結紮による冠不全時の心磁図で、著明なST偏位を認めるが、実は基線は全く偏位していない。すなわち、冠動脈結紮時のST偏位は、真のST偏位ではなく、基線偏位による見かけのST偏位であることが分かる。
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冠動脈結紮により基線が上昇するが、ST部は基線のレベルに止まっており、 冠不全時のST偏位は基線偏位による見掛けのST偏位であることが分かる。 |
心磁図記録の際には、通常の心電図記録時のように標準12誘導心電図の記録部位に電極をおいて記録する場合もあるが、前胸部にグリッド(格子)状に配置した多数の部位で心磁図を記録し、各点の心磁図計測値から等磁界図を作成して心起電力を評価したり、各記録部位におけるアローmapを作成して、心起電力を評価する方法などがある。下図は等磁界図ないしベクトルアロー図作成のための心磁図記録部位の1例を示す。
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心磁図記録部位の1例 |
Savardは早期再分極所見を示す例の心磁図を記録し、前胸部の磁界アローマップを求め、ST部およびTQ部(心電図の基線に相当)のアロー図を求め、下図のように示している。
左端の標準12誘導心電図では、第2, 3, aVF誘導に早期再分極波(J波)を認め、第2、aVF、V2-6誘導にST上昇を認める。
中央のST部に相当する時点のベクトルアロー図では、前方に向かう心起電力ベクトルに対応した時針式方向に回る明らかな磁界を認めるが、心電図の基線に相当するTQ部での磁界アロー図では、環境磁界に相当する磁気ノイズが記録されているのみで、有意の心起電力による磁界変化を認めていない。このことは、早期再分極例に見るST上昇は、基線偏位によるものではなく、真のST偏位に基づくことを示している。
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早期再分極例の心電図と磁界アローマップ 左端の標準12誘導心電図fでは第2,3,aVF誘導にJ波を認める。中央の ST部のアロー図では、時針式に回転する磁界を認め、前方に向かう有意の 心起電力(STベクトル)に対応している。他方、基線に相当するTQ部の 磁界アロー図では、環境磁界による磁気ノイズのみが記録され、有意の 心起電力は認められない。このことは、早期再分極例でのST上昇は、基線 の偏位による物ではなく、真のST偏位によることを示している。 |