Brugada症候群(36)

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遺伝子型と表現型(genotypeとphenotype)

 遺伝子の種類(遺伝子型、genotype)により、異なった症状、臨床所見、心電図異常などを起こすことを表現型(phenotype)といい、表現型から遺伝子型を推定できる場合があります。

 現在、先天性QT延長症候群に属するRomano-Ward症候群(LQT)は、遺伝子の種類により10種類(LQT1〜LQT10)に分類されていますが、臨床的に頻度が多いのはLQT1〜LQT3の3型で、これら3者で全てのLQT例の90%を占めています。しかもLQT1とLQT5、LQT2とLQT6はそれぞれ類似した波形を示すため、全LQT例の95%近くが心電図波形(すなわちphenotype)から遺伝子型(phenotype)を推定できることになります。

 Mossらは、LQT1-3の、各型は、特有の肢誘導心電図のST-T波形を示すことを発表しました。すなわち、LQT1では幅広いT波の早期出現、LQT2では振幅が低いT波を示します。また、、LQT3ではT波の幅、振幅は正常で、その出現が遅延すると言う特徴的心電図波形を示します。(Mossらが示したLQT1-3の3型の典型的心電図の実例へのリンク)

 Brugada 症候群においても、心電図波形から遺伝子変異の種類を推測できれば、その後の変異遺伝子の検索に役立つと考えられます。
 Smitsらは、SCN5A変異を有するBrugada症候群23例と変異(−)のBrugada症候群54例について、性別、年齢、急死家族歴、心室頻拍/心室細動(VT/VF)病歴、失神病歴、症状の有無、心拍数、PR間隔、QRS間隔、QTc間隔、ST上昇度、心臓電気生理学的検査(EPS)によるVT/VFの易誘発性、HV時間などを比較し、PR間隔とHV時間の2項目については両群間に統計的に有意差を認めていますが、他の諸項目については差を認めていません。SCN5A変異(+)群と(-)群におけるPR間隔およびHV時間の平均値と標準偏差を下表に示します。

/ SCN5A変異
(+)群 (−)群
例数 23 54
PQ間隔(msec) 209±51 163±24 <0.0001
HV時間(msec) 66±13 48±9 <0.001

 下図は、両群におけるPR間隔の撒布図です。両群の撒布図間には明らかな差が見られます。

Smits JPP et al:JACC 40(2):350-356,2002

また、下図は両群におけるHV時間の撒布図です。

Smits JPP et al:JACC 40(2):350-356,2002

 下表はBrugada症候群において、PR間隔≧21msecあるいはHV時間≧60msecとした場合、SCN5A変異の有無を診断できる感度、特異度、陽性試験の予測値、陰性試験の予測値を示します。感度とは有疾患例での陽性率、特異度とは非疾患例での陰性率、陽性予測値とは陽性例での有疾患率、陰性予測値とは陰性例での非疾患率を示します。

指標 感度(%) 特異度(%) 陽性予測値(%) 陰性予測値(%)
PQ間隔≧210msec 98 48 81 92
HV時間≧60msec 82 88 97 50

 下図は、SCN5A変異(+)群および(-)のBrugada症候群におけるPR間隔のROC曲線を示します。ROC曲線とはreceiver operating characteristic curve (受信者操作特性曲線)のことで、本来、レーダーの性能評価を目的として考案された指標であるためにこのような名称で呼ばれています。
 診断基準項目などの各カットオフ値について、横軸に偽陽性率、縦軸にを真陽性率をとってプロットして得られる曲線をROC曲線と呼び、この曲線が左上方に移るほど信頼性が高い評価指標(診断指標)であると考えられます。他方、ROC曲線が正方形の対角線に一致するような場合は、その診断方法は病態識別能が無く、左上方に移るほど病態識別能が高い優れた検査法であると言えます。このような視点でSCN5A変異(+)群及び(−)群におけるPQ間隔延長およびHV時間延長のROC曲線を見ますと、両者のSCN5A変異の検出率は優れていると言うことが出来ます。

Smits JPP et al:JACC 40(2):350-356,2002

 また下図はHV時間のBrugada症候群でSCN5A変異(+)群および(−)群におけるROC曲線を示します。

Smits JPP et al:JACC 40(2):350-356,2002

 PQ間隔およびHV時間のROC曲線は何れも、左上方に偏位しており、両指標共にBrugada症候群において、SCN5A変異の有無のスクリーニングに有用な指標であると考えられます。下図に私が経験したPQ間隔(PR間隔)延長を伴うBrugada症候群症例の心電図を示します。本例はこの心電図を記録して数年後に突然死しています。残念ながら遺伝子検査は実施していません。

PR間隔延長を伴うBrguada症候群(saddle-back型。本例は数年後急死した。

 また、「15(Brugada症候群の遺伝子異常)」で述べたAntzelevitchらが発表したQT間隔短縮を伴うBrugada型心電図は、CACNB2b 変異を示す所見として重要です。下図はAntzelevitchらの報告からの飲用例です。QT間隔が著明に短縮して折り、このような心電図をBrguada症候群で見た際にはCa++チャネルの遺伝子異常を考える必要があります。

Antzelevitch C et al: Circulation 115:442,2007

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