34.Brugada症候群(34)

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我が国におけるBrugada症候群の大規模前向き研究

1.我が国における多施設共同前向き研究(厚生労働省班研究)

 我が国におけるBrugada症候群の多施設共同前向き研究としては、厚生労働省班研究「特発性心室細動(Brugada症候群)の病態とその治療法に関する研究」およびそれを引き継いだ「無症候性Brugada症候群の予後に関する研究」があります。
 鎌倉、はこれらの研究の成果を、「Brugada症候群の予後:わが国の登録調査より」(杉本恒明、井上博:不整脈2005,メディカルレビュー社,2005)という論文にまとめていますので、以下、この論文内容を紹介します。

 下表は、この研究の研究対象です。なお研究対象としては、V1-3, 第2,3、aVF誘導においてcoved型ないしsaddle-back型ST上昇を示す例を用いています。研究対象を有症候群(144例)および無症候群(268例)に分け、前者をさらに心室細動/心蘇生群(72例)および失神群(72例)に分けて検討しています。失神群とは原因不明の失神を病歴に有する例です。

分類 例数
有症候群 心室細動/蘇生群 72
原因不明の失神群 72
小計 144
無症候群 288
合計 412

 2.我が国のBrugada症候群の欧米のそれとは異なる特異性
 
  鎌倉は、我が国におけるBrugada症候群の欧米での報告例とは異なる臨床病像の特徴として次の諸点をが上げています。
 (1) 欧米では女性例の頻度が20-30%を占めるが、我が国では6%に過ぎない。
 (2) 欧米では突然死家族歴を22-55%に認めるが、我が国では16%(有症候群で19%、無症候群で15%)である。
 (3) 我が国では夜間発症例が多い(66%)。
 (4) 我が国のBrugada症候群では、心事故急性期に心室性期外収縮を高率に認める(51%)。

3.有症候群と無症候群との臨床病像の違い

 有症候群と無症候群との間で、男女比、急死の家族歴、心房細動の頻度、薬物負荷試験陽性率、心室早期刺激による心室細動誘発率、心室細動/心室頻拍誘発率、心室遅延電位検出率、冠動脈誘発率などについて比較していますが、これらの内、心房細動合併率および心室細動誘発率が有症候群に無症候群よりも多く認められていますが、その他の項目については両者間に差を認めていません。

4. 2mm以上のcoved型と非coved型の臨床病像の比較

 有症候群では、コントロール時の心電図が2mm以上のcoved型ST上昇を示す例が42%、それ以外のnon-coved型が58%にみられ、無症候群では各36%および64%でした。coved型を示す群と非coved型を示す群について、心室細動/蘇生例の頻度、心房細動、ST再上昇、心室早期刺激による心室細動の誘発性、心室遅延電位出現率を比較していますが、心室遅延電位の出現率がcoved型に多く認められている以外には他の諸項目について両群間に差を認めていません。

 ST再上昇所見とは、一般にBrugada型心電図のST上昇は、運動負荷による交感神経緊張の結果として低下しますが、運動負荷後の回復期には反射性に副交感神経の緊張が亢進し、ST部が上昇する所見をいいます。

5. 有症候群および無症候群におけるBrugada型心電図3型の頻度
 
 欧州心臓病会のBrugada症候群に関するコンセンサス会議報告は、Brugada型心電図をType 1〜3の3型に分類し、自然波形あるいは薬剤負荷後の波形がType 1を示すことをBrugada症候群と診断するための必須条件としています。
 鎌倉らは、このような考え方を我が国のBrugada型心電図例に当てはめることが妥当であるかどうかについて検討しています。
 下図はコントロール状態および薬剤負荷後におけるコンセンサス分類各型における有症候群および無症候群の頻度を示します。その結果、自然波形および薬剤負荷後においても、コンセンサス分類の各型に含まれる有症候群と無症候群の頻度に差を認めていません。このことは、Type 1に有症状例が多いとも言えないし、Type 2にも有症状例が多く含まれていることを意味しており、Type 1のみを重視する押収不整脈学会コンセンサス会議の報告を日本人に当てはめることは適当でないことを意味しています。

鎌倉史郎:Brugada症候群の予後−わが国の登録調査より.
杉本恒明監修、井上博編集:不整脈2005、メディカルレビュー社、東京、2005

6. Brugada症候群の予後

 下表は有症候群(心室細動/心蘇生群および失神群)および無症候群における心事故(心室細動によるICD作動、心室細動、心臓性急死)出現率を示します。蘇生群での心事故出現率が最も高く(20/72, 27.8%)、年間心事故出現率は12.3% です。原因不明の失神群での心事故出現率は4.2% (3/72)で、年間心事故出現率は1.9%です。これに対し無症候群では心事故出現率はかなり低く(1.1%、3/268)、年間心事故率は0.9%でした。

 鎌倉、Sakabeらおよび松尾の報告に見るように、我が国での無症候性Brugada症候群での心事故出現率は欧米に比べると著しく低い事が示されています。しかし、無症候群においても心事故は皆無ではないため、注意深い対応が必要です。Brugada症候群の病像形成には、下図に示すような種々のトリガー因子が関係するため、これらのトリガー因子の回避、ことにBrugada型心電図の出現/悪化に関与する薬剤についての注意が極めて大切です。

  下図は厚生省委託研究におけるBrugada症候群全例とType 1症例について、心室細動/蘇生群、失神群および無症候群の3群の累積生存率曲線を示します。Type 1群と全例との間に予後的に差を認めず、Type 1でないからといって、予後良好であると言うことはできません。

 鎌倉らは、心室細動/蘇生群、失神群および無症状群において、比例ハザード解析により心事故予測因子についての検討を行っている。その結果、無症状群について下記の結果を得ています。
 (1) 突然死家族歴(+)群では、有意に心事故が多い。 
 (2)coved型で≧2mmの自然ST上昇を示し、かつ急死家族歴(+)群での年間心事故発生率は6.1%であった。
 (3) 急死家族歴(−)群では心事故を起こした例はなかった。
 (4) ≧2mmのcoved型自然ST上昇のみを示すには心事故を認めなかった。
 また、本研究における女性群には、有症候群、無症候群共に心事故は1例も認めていません。
 
6.我が国の他施設共同前向き研究に基づくBrugada症候群の治療指針
 欧州心臓病学会のコンセンサス会議第二次報告では、自然心電図波形がType 1波形を示す場合と薬剤負荷後にType 1に変化した場合の2つの場合に分けてBrugada症候群の指導・治療指針を示しています。鎌倉は、厚生省委託研究の成績から、自然Type 1以外の例でも心事故を起こす例があるため、欧州心臓学会とは異なった視点に立って下図に示すような我が国の実情に適した治療指針を提案しています。この指針は、現時点における我が国でのBrugada症候群の治療指針として妥当であると思われます。

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