Brugada electrocardiographic phenocopy
 (ブルガダ型心電図フェノコピー)

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Brugada phencopy の成因としての
心臓神経堤細胞説

 先ず、症例を示します。 

症例:60歳、男性
主訴:発熱、
家族歴:特記するような異常はない。
前病歴:14年前に胃がんのために胃全摘手術を受けた。
現病歴:7月14日から全身倦怠感、手指関節痛と共に体温が37.5-38.0度Cに上昇し、近位を受診して心電図異常を指摘されたが、どのような異常かの説明はなかった。その後、体温は40度Cまで上昇し、症状が軽快したいため、阿南医師会中央病院を受診した。喫煙20本/日、飲酒:適量。

入院時現症:身長157.6cm, 体重46.5kg, 脈拍80/分、整。血圧84/60mmHg, 大豆大の頸部リンパ節を数個触知できる.心音、呼吸音 正常.腹部に著変を認めず、下肢浮腫(-)。
 
下図に本例の入院当日及び入院5日後の胸胸部X線写真を示す。入院時(図1左図)には肺うっ血もなく、 心機能も良好で、順調に経過するかに見えましたが、入院翌日には、胸部X線写真で肺うっ血、心拡大の出現を認め、自覚的にも呼吸困難が増強し、それらの心不全兆候は7月21日に最も高度になりました。 

尿:蛋白、糖(?)。沈渣:正常。末梢血:白血球5260, 好中球73%。CRP 2.5mg/dl.LDLコレステロール111mg/dl, HDL 48mg/dl, K 4.7mEq/L、クレアチニン0.8mg/dl。 心筋壊死マーカーの測定値とその経時変化を下表に示します。

 

 下図の入院当日の心電図では、QRS軸の著明な左軸偏位(左脚前枝ブロック)を認め、V1-3で著明なST上昇があり、ことにV1のST部は極めて著明で、初期r波の振幅が低く、急性前壁中隔梗塞を疑わせる所見を示していました。 

 下図の入院4日後(7月20日)の心電図では、V2のST部はsaddle-back型波形に変化し、V1も典型的なcoved型波形から、saddle-back型への移行的な波形に変化しました。

 また下図の入院6日目の心電図(7月22日)では、依然として左脚前枝ブロックの心電図を示しており、かつV1-3で初期r波の振幅の著明な減高を認めますが、coved型ないしsaddle-back型の典型的なBrugada型心電図波形は不明瞭となり、V1,2に振幅が小さいr’波(J波)を認めるのみとなっています。しかしST部の中等度の上昇は尚残存しており、心電図診断としてはsaddle-back型Brugada心電図と診断されるべき所見です。

 下図の約1カ半後の心電図では、右側胸部誘導で認められていたcovedないしsaddle-back型心電図所見は全く認められなくなっており、左脚前枝ブロック所見の残存を認めるのみとなっています。

 Brugad症候群は散発例もありますが、典型的には常染色体性優性遺伝形式を示し, 家系内に心臓性急死例が濃厚に認められる例が多く報告されています(遺伝性Brugada症候群、真のBrugada症候群)。従来、Brugada症候群はType 1-3の3型に分類されていましたが、de Lunaら (2012) は、多国間国際研究での合意報告に基づき、Type 1(coved型)とType 2(saddle-back型)の2型に分類しています。

 本来、Brugada症候群は明らかな基礎疾患がなく、本症により発症した心室細動は,従来は特発性心室細動に分類されていました。これとは別に明らかな原因、基礎病態があり、その発症と共に心電図がBrugada型心電図特有の波形を示し、基礎病態の消褪と共に心電図所見が完全に正常化する一群の疾患(病態)があることが知られています。ここに示しウイルス性心筋炎によると思われる例もそのような例ですが、電解質異常 (高K血症、低K血症)、右室流出路の機械的圧迫 (縦隔腫瘍、手術時など)、心筋・心膜疾患、右室梗塞合併急性下壁梗塞などでもそのような心電図所見を示す例が報告されています。

 これらの一連の病態は,心電図波形は遺伝性Brugada症候群と全く同様ですが,心電図経過、臨床像が著しく異なっています。これらの病態にの診断名として、最近、Brugada phenocopy という表現が一部の研究者の間で用いられるようになりました(Anselm DD,2014)。ここでは, この新しい概念を紹介する目的で 本例を紹介しました。
 
 phenocopy と言う言葉は「表現型相同」と訳され、「遺伝子変異により生じる所見と類似した所見が環境要因の変化により生じた場合」に用いられます。本例は,心膜、心筋の炎症により, 典型的な第1 型 (coved型) Brugada心電図波形を示したBrugada phenocopyの一例です。Brugada phenocopyは、Brugada症候群と全く同様の心電図所見 (Type1,Type 2) を示しますが、他の種々の異なった特徴もあり、今後の検討に待つべき点も多くあります。

 以下、Anselmら (2012)の最近の総説に基づいて、Brugada phnenocopy の考え方を紹介しま。

 1. Brugada phenocopyの病因的分類
  1) 代謝異常:高K血症、低K血症など 
  2) 右室の機械的圧迫: 漏斗胸、心臓手術時の心臓圧迫、縦隔腫瘍など
  3) 心筋、心膜疾患:右室梗塞を合併するST上昇型急性心筋梗塞症など
  4) 急性肺血栓/塞栓症
  5) 感電(electrolcution)
  6) その他
  7) 心電計のhigh pass filtrer(高域通過濾波器)の誤使用(これは上記の1-5とは意義が異なる)。

 2..Brugada phenocopyの心電図所見
 coved型を示すtype 1 Brugada phenocopy とsaddle-back型を示すtype 2 Brugada phenocopyがあり、遺伝性Brugada症候群の心電図と全く同様の所見を示す。

 下図はBrugadaの症候群と諸種の原因によるType 1 Brugada phenocopy の心電図を示します。

 
 A:Brugada症候群、B-E:Type 1 Brugada phenocopy, B:急性ST上昇型下壁梗塞+右室梗塞、
C:高K,低Na血症、アシドーシス,D:急性肺血栓塞栓症,E:先天性低K血症性周期性四肢麻痺。
(Ansellm DD et al: Word J Cardiol 2014;6(3):81-86から引用)

 下図はBrugadaの症候群と諸種の原因によるType 2 Brugada phenocopy の心電図を示します。

    Brugada型心電図(Type 2) と
各種の原因によるType 2
 Brugada  phenocopy




A:Brugada症候群(type 2)
B-D: Type 2 Brugada phenocopy.
B: 感電障害、
C:漏斗胸
E:不適切なhigh pass filter使用

3. Brugada phenocopyの診断基準を下記に示します。
 1) 心電図所見は遺伝性Brugad症候群と同じ所見を示す(coved型、saddle-back型)。 
 2) 何らかの明らかな基礎疾患があり, その結果としてBrugada型心電図が出現した因果関係を認める。
 3) 基礎疾患が消褪すると、心電図所見も正常化する。
 4) ピルジカイニド、アジュマリン、フレカイニドなどのNaチャネル遮断薬投与によっては誘発されない。
 5) 症状/病歴(失神など)、急死家族歴などがない。、
 6) 遺伝子検査成績は陰性だる(しかし、遺伝性Brugada症候群でもSCN5A遺伝子の変異を認める例は20-30%のみである)。

4, Brugada phenocopyの成因および臨床的意義
 Brugada phenocopyの原因が, SCN5A以外の何らかの遺伝子変異により起こりますが、あるいは他の要因により起こるかは現時点では未だ明らかでありません。

5. Brugada phnocopyへの対応
 現時点ではその本態が不明であるため、基礎疾患 基礎病態の正常化に努めるに止まります。

 以上、最近出現した概念であるBrugada phenocopyについて紹介しました。私個人でも、このような疾患は既に6-7例経験していますので、皆さま方も今後注意してみておられると、このような例を必ず経験されることと思いますので、その存在を心にとどめておいた頂きたいとぞんじます。

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