Brugada型心電図診断基準の最新コンセンサス報告

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 1. はじめに
. Brugadaら (1982)が、詳細な検査を行っても心臓に器質的異常を認め得ない若年ないし壮年男性が,夜間にうめき声を出して急死する例があり、このような例の非発作時心電図に特有の所見があることを発表し、以来、本疾患はBrugada症候群と広く呼ばれるようになった。

 Brugada症候群の特徴的な心電図所見にはcoved型とsaddle-back型との2種類があり,その診断基準として、2002年に欧州心臓病学会不整脈分子機序研究グループが、欧州心臓病学会の意向を受けて第一次コンセンサスリポート(2002)を発表した。その後2005年、欧州不整脈学会は上記の基準を改訂し、第二次合意報告書を発表した。

 この2005年の合意報告書(第2次コンセンサスリポート)ではBrugada型心電図をType 1ー3の3型に分類している。この内、Type 1はcoved型と呼ばれる波形で、極めて特徴的形態を示すが、Type 2とType 3は類似した波形を示し、予後的にも差がなく、両者を分ける臨床的意義は認められない。

 そのため、de Lunaらは 多国間国際研究を行い、第1次および第2次コンセンサスリポート以後に報告されたBrugada型心電図の診断基準に関する多くの報告を総合的に評価・選別し、2012年に新たに「Brugada型心電図波形の診断基準についてのの合意報告(2012)」を発表した。

 この報告の最大の特徴は、従来のType 2とType 3を統合して1つにまとめて新しいType 2 のカテゴリーを作ったことと、Type 2の診断基準としてアジュマリンなどのNa遮断薬静注負荷試験の研究結果に基づき,saddle-back型Brugada心電図の新しい客観的診断指標を呈示したこと、およびsaddle-back型と不完全右脚ブロックとの鑑別についても言及していることである。

2.第3次コンセンサス報告に基づくBrugada型心電図の診断基準
 以下 de Luna(2012)らのに合意報告に記載されたBrugada型心電図の診断基準を紹介する。

 1) Type 1 (coved型)
 Type 1波形の特徴は、従来の診断基準の記載と同様で、図1にそ の典型例の心電図を示す。

 
図1 52歳、男性、意識喪失発作

 Type 1の診断基準は下記のごとくである。
 (1) ST上昇(high take-off 部で計測)≧2mm (少数例で1-2mm)
 (2) high take-off 部から上方凸のST上昇に移行するか、あるいは直線状に下行して左右対称的な陰性T波に移行する。
 (3) high take-off 部を基準とし、ここから40mseおおび80msecの時点後の振幅は、high take-off 部>40msec時点>80msec時点の順となる(下図、図2)。これはcoved型では、ST部がdownsloping な波形を示すためで、high take-off 部の振幅と80msec時点の振幅の比は>1となる(Corrado index)。

 
 図2 coved型Brugada 心電図ではJ>40ms>80msである

 〔註〕 V1,2のR波下行脚からSTがhigh take-off する時点はしばしば他誘導のJ点に一致せず、QRS間隔がV1>V6の場合がある。

2) Type 2 (saddle-back型)
   従来のType 2 とType 3 を統合したもので、下記基準を満たす。
 (1) r'波(QRS波下行脚からST部がhigh take-offする部分)の振幅≧2mm(これが1-2mmの場合は第2,3肋間のV1-3 対応誘導での心電図の追加記録が必要)。
 (2) ST部:上方凹の波形を示すST上昇の底部の振幅≧0.5mV。
 (3) T波:V2で陽性、V1では多様な波形を示す。
 (4) β角度≧58°:β角度とはr'波が作る三角形(△)の頂角で、この基準の感度は79%、特異度は84%である(下図、図3)。
 (5) r'波が作る△の頂点から5mm下方でのr'△の底辺の幅(r'△の底辺の幅)≧ 3.5mm (図2)。

〔註1〕α角度: r'波が作る△の頂点から底辺に垂線を立て、これとr'波下行脚がなす角度をα角度と呼ぶ。その診断精度はβ角度に比べて劣るため、診断指標としては用いない(下図、図3))。

 
 図3 Brugada型心電図(Type 2)診断のための3指標を示す。
  @α角度(実際にはあまり使わない)、Aβ角度、Br’△の頂点から5mm下方での底辺の長さ。

  下表に、saddle-back型Brugada心電図診断のために導入された新指標の診断基準値とその診断精度を示す。

項目  β角度  high take-off部から
5mm下方でのr'△の
底辺の長さ≧3.5mm 
 基準値  ≧58度  ≧3.5mm
 感度  79%  81%
 特異度  84%  82%

 図4は同一例の異なった時点に記録した心電図で(52歳、男性)、経過中に著しい波形の変動を示し、coved型波形とsaddle-back型波形の交互出現を繰り返し、外来受診の数年後に心臓性急死を遂げた。図4左図のβ角度は56度で、基準値(≧58°)に僅かに及ばないが、別の時点の心電図(図4右図)では71度と基準値をお大きく上待った値を示していた。このようにBrugada型心電図波形は変動が激しいことに留意する必要がある。ある時点でβ角度増大やr'△の底辺の幅の増大を認めたとしても、他の時点で計測すると基準値を満たさない場合がある。

 
 図4 急死したBrugada症候群のβ角度の日間変動

 また、この合意報告ではsaddle-back型と不完全右脚ブロックとの鑑別点を下表(表2)の如く示している。

 /   不完全右脚ブロック saddle-back型
Brugada心電図 
 r'波   形態   先鋭  鈍
 幅  狭い  広い
 振幅  種々  低い場合が多い
 V1,2とV6の
QRS間隔比較 
 等しい  V1,2>V6

3.第3次コンセンサス報告の問題点
 第3次報告の良い点は,第2次報告におけるType 3を除外し, coved型(Type 1)とsaddle-back型(Type 2)の2型に簡略化したことである。しかし、この報告によってもsaddle-back型と不完全右脚ブロックとの鑑別は必ずしも明確でない。

 第3次報告では,saddle-back型と不完全右脚ブロックとの鑑別点として,前者ではr'波の頂点が鈍角(dull)を示すが,後者では鋭角的(sharp)であることをあげている。β角度増大ないしr'△の底辺の幅の増大も、同様の視点に立つている。

 しかし、この考え方が適合しない例もある。下図(図5)は 59歳、高血圧,男性の胸部誘導心電図の経時変化を示す。本例は失神の病歴がなく、急死家族歴もない。高血圧症のルーチン検査の一環として記録した心電図の自然経過中に典型的なcoved型とsaddle-back型とが混在・出現した。この例がsaddle-back型を示す時点のV2のr'波は,振幅が高く尖鋭である。また9月27日のV2波形はcoved型を示すが,r'波は尖鋭で,第3次合意報告の記載に一致しない。

 
 図5 高血圧、自然経過中にcoved型tosaddle-back型が観察された。
後者のr'波は尖鋭で、幅が狭く、振幅が高く、コンセンサス報告に記載
された波形とは著しく異なっている。

 第3次報告ではβ角度拡大やr'△の底辺の幅の増大などの新指標を評価する基準として,Na+ 遮断薬静注によるcoved型波形の出現を用いているが、これらの指標の感度および特異度は両者共に80%前後であり,決して100%ではない。

 従って, β角度やr'△の底辺の幅の増大を認めた例はBrugada型心電図である可能性が高いが、これらの基準を満たさないからといって, Brugada 型心電図でないと結論づけることはできない。
 またsaddle-back型と不完全右脚ブロックとの鑑別点として、前者ではr'波の幅が広く,振幅が低く,形態が鈍であることを上げているが上図(図5)に示す著者の自験例のように, r'波(J波)が尖鋭で,振幅が高く,かつ幅が狭い例もある。

 この点に関し,私がかねて主張しているように、明らかな上方凹を示すST部がR波下行脚からhigh-take off (≧2mm  )し、かつR波下行脚とST部がなだらかに移行する下図(図6)に示すような心電図所見はsaddle-back型Brugada心電図と診断するべき所見であると考える)。

 
 図6 8名の専門家の意見をアンケート調査した心電図
 この心電図について我が国の代表的心電図研究者8名の方々の意見を聞いたところ、下表(表3)に示すように種々の異なった意見が出され、Brugada心電図の診断にについて、専門家の間でも意見が一致していないことが分かる。

 上の心電図に就いて、我が国の代表的な心電図研究者8名の方々の意見をお聞きしたところ
下表のような結果が得られ、専門家の間でもBrugada 心電図の診断については意見がかなり異なることが判明した。

No  心電図診断  人数 % 
 1 Bru ( saddle-back)+ER  3  37.5
 2  B u( saddle-back)+ER+IRBBB  1  12.5
 3  Brugada様心電図  1  12.5
 4  Bru (coved型)  1  12.5
 5  IRBBB  2  25.0

 図5のV2にみるような所見が下方誘導(U,V,aVF)ないし,左方誘導(V4-6)で認められる場合はJスラーと呼ばれ、早期再分極(J波)の表現であると考えられており、J波とJスラーの臨床的意義は等価と見なされている。右側胸部誘導でも, R'(r')波からST部になだらかな弧を描いて移行する所見は早期再分極によると考えるのは妥当であると思われる。

 下図(図6)は、saddle-back型Brugada心電図と不完全右脚ブロックとの鑑別についての著者の考えをまとめたものである。 

 
 saddle-back型Brugada心電図と不完全右脚ブロックとの鑑別(森)

 しかし臨床的に重要なことは、その例がsaddle-back型心電図波形を示しているかどうかではなく、その例が心室細動、多形性心室頻拍などの生命を脅かす悪性不整脈を起こし易いかどうかということである。一般的にsaddle-back型に比べて、coved型ではこのような危険性が著しく高いことは広く認められている。

 従って、saddle-back型を示す場合、その例がcoved型に移行する危険性が高いかどうかは臨床的に大切な問題であり、この点に関しNaチャネル遮断薬静注は信頼性が高い指標である。しかし、この方法には心室細動誘発などの危険があり、外来で安易に実施することは適切でない。

 この点に関し,第3次合意報告で示されているβ角度, r'△の底辺の幅などの簡単な指標により、80%前後の感度・特異度で、Na遮断薬静注負荷試験の結果を推測できるとすると, 今回のコンセンサス報告は臨床的に極めて有用な心電図診断法であると考えられ、廣く推奨する所以である。

4.結語
 2012年に提案された新しいBrugada型心電図の診断基準を紹介した。この基準はBrugada型心電図をType 1(coved型)とType 2(saddle-back型)の2型に分ける簡略な分類法で, 今後広く用いられることが予想される。

 この合意報告ではsaddle-bak型の新しい診断指標として、ST部のR波下行脚からのhigh take-off部の高さおよびST上昇度に加えて、β角度、r'△の底辺の幅の2指標が紹介された。後2者は saddle-back型の診断指標というよりも, coved型への移行し易さの有用な指標であると考えられる。
 またsaddle-back型Brugada心電図と不完全右脚ブロックとの鑑別について、後者ではr'波が鈍で、幅が狭く,振幅が低い所見が特徴とされたが、これらに加えてr'波から上方凹を示す上昇したST部へのなだらかな移行所見も加えるべきであると考える。

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