不整脈原性右室心筋症

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1.概念
 不整脈源性右室心筋症(arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy, ARVC)は,1977年、Fontaineらにより初めて報告された疾患概念である。右室心筋が局所的に脂肪変性、線維化におちいり、右室拡大、右室壁運動異常を起こし、右室起源の心室性不整脈(心室頻拍)、心不全、突然死を起こす疾患で、その病変は右室流出路、心尖部、横隔膜面などに好発する(Fontaine GH)。

正常心(上)および不整脈源性右室心筋症(下)の心筋組織
(Thiene G et al:New Eng J Med 1988,318:129-133)
正常心としては14歳、少女、白血病例の心筋標本を示す。

2.不整脈源性右室心筋症の原因および分類

 不整脈源性右室心筋症の原因としては、炎症後変化説、変性説などのいろんな説があったが、近年、遺伝子変異によることが明らかとなり、原因遺伝子が次々と見いだされ、現在、下表のように主として12種類に分類されている。

3.Naxos病

 3.1概念
 Naxosというのはエーゲ海にあるギリシャ領の島の名前で、この島にのみ認められる特有の症候を示す心疾患に対してNaxos病という病名が付けられた。近年、本症の原因が遺伝子変異によることが明らかとなり、不整脈源性心筋症の1病型として位置づけられるようになった。

 Naxos島は、エーゲ海のCydlades諸島中の最大の島(面積427km2)で、約20.000人の島民が住んでいる。
Naxos病は本島住民のみに見いだされており、Conanらは皮膚・毛髪・心臓異常を指標として本島住民の疫学調査を行い、9家系、150例の本症を見いだした(Coonan AS et al:Circulation 97:2049,1998)。

3.2 Naxos病の主要徴候
 Naxos病は常染色体性劣性遺伝形式をとる遺伝病で、その変異遺伝子座は17q21にあることが明らかにされている。本症の主要症状は次の3所見である

1)上皮非傷害性広汎手掌・足蹠症(diffuse nonepidermolytic palmo-plantar keratoderma):上皮の破壊を伴わない高度の角化が特徴的である。
2) 縮れ毛(wooly hair)
3) 不整脈源性右室心筋症(arhythmogenic right ventricular cardiomyopathy)

 下図はそれらの身体症状の写真である(Coonar AS et al)。

縮れ毛(wooly hair) 手掌角化症(plamar keratosis)
足蹠角化症(planatar keratosis) Naxos病例の手掌の皮膚の組織像
Coonar AS et al: Circulation 1998;97:2049-2058)

 下図にNaxos病の1例の心電図を示す。V1-4に陰性T波を認め、右室心筋障害を反映している。イプシロン波(ε波)QRS波終了直後に出現する小さい結節状の波で、心筋の過敏性と関連している。

Coonar AS et al: Circulation 1998;97:2049-2058)

4.不整脈源性右室心筋症の症状
 1)発症:若年から中年男性に多いが、小児例の報告もある。
 2)主症状:心室性期外収縮頻発、心室頻拍、右心不全症状などを示す。心室性期外収縮や心室頻拍は右室起源で、左脚ブロック型を示す。

5.不整脈源性右室心筋症の心電図所見
  本症の諸検査の中で、最も重要である。上に不整脈源性右室心筋症の1型であるNaxos病の1例の心電図を示した。一般的に不整脈源性右室心筋症の際の心電図所見は次の如くである。
  1) 右脚ブロック
  2) V1-4の陰性T波
  3) イプシロン波(ε波):postexcitation waveとも呼び、QRS波の終了直後に出現する結節である。
  4) 心室遅延電位:その出現率は80-100%である。
  5) 右室起源の心室性期外収縮、心室頻拍:心室群波形が左脚ブロック型を示す。
6) 右室内で電位を記録すると分裂電位を記録できる。

 下図に不整脈源性右室心筋症の1例の心電図を示す(下村克郎)。

 イプシロン波(ε波)をわかりやすくするために、上図のV1,2を拡大して下図に示す。

イプシロン波
(V1,2の拡大表示)

(出典:上記)

 下図は、不整脈源性右室心筋症に出現した心室頻拍時の心電図を示す。

不整脈源性右室心筋症例に出現した心室頻拍
心室群は左脚ブロック型を示し、心室頻度160-230/分。
(下村克郎:最新内科学大系、循環器疾患3,中山書店、東京、1990)


6.その他の検査所見
 1)右室拡大と右室壁運動異常:心エコー図、RI心プールシンチグラフィー、右室造影などで、右室内腔の拡大と右室壁運動異常を認める。
 2)心室内電位を記録すると心室遅延電位、分裂電位などを記録できる。
 3)超高速CT、MRIなどにより心外膜側や心筋内脂肪浸潤を検出できる。

7.若年者急死の原因としての不整脈源性右室心筋症の意義
 Thieneらは,1979-1986年の間に北イタリアのVeneto地区で急死した35歳以下の若年者を剖検して、死因の検討を行い、内12例(20%)に不整脈源性右室心筋症の特徴的所見を認めている。これらの12例の性別は男性7例、女性5例で、年齢は13-30歳に分布していた。

 注目すべき点は、これら12例は全て死亡前にはARVCの診断はなされていなかったことである。内5例(41.7%)では、心臓突然死がARVCの最初の徴候であった。他の7例(58.3%)では動悸、失神の病歴があった。これらの7例中5例では心電図記録があり、何れも心室性不整脈が記録されていた。10例(83.3%)は運動中に死亡している。

 12例のARVC例の心筋病変は、右室自由壁の脂肪浸潤、繊維性脂肪浸潤が各6例で、何れの例でも左室
はよく保たれていた。これらの結果から、Thieneらは、若年者の死亡の原因として、少なくともこの地区においてはARVCが従来考えられていたよりも重要な死因である事を指摘している。

 Thieneらによる若年者急死例の剖検的検討結果を下表に示す。

死因 例数
非心臓死 6.7
心臓死 機械的原因 肺塞栓症 3.3
大動脈破裂 8.3
7 11.7
不整脈死 冠動脈関連 19 31.7
肥大型心筋症 3 5.0
不整脈源性右室心筋症 12 20.0
僧帽弁逸脱 5.0
刺激伝導系関連 12 20.0
49 81.6
合計 60 100

 Maronらは、運動競技選手の競技中における突然死例158例について、その死因を剖検的に検討し、これらの症例中に心臓死が突然死の原因であった例は134例(84.8%)で、不整脈源性右室心筋症が死因であった例は4例(2.5%)であったことを報告している。

8.Brugada症候群との関連(いわゆるoverloap syndrome)
 Corradoら(2001)は、1979-1998年の間に急死した35歳未満の若年者173例の内、生前の心電図記録がある96例中、剖検により不整脈源性右室心筋症と診断された例は31例について、心電図所見と急死時の状況、病理所見、心電図所見などについて検討している。

 すなわち、心電図記録があり、剖検的に不整脈源性右室心筋症と診断された31例中、V1-3でlate R波から起始するST上昇≧1mmの例をARVC・ST上昇群(12例)とし、これらの誘導でST上昇を示さないARVC群(ARVC・ST正常群、19例)の両群間における急死時の状況、病理所見、心電図所見について比較した。その非赤く結果を下図に示す。

 ARVC・ST上昇(+)群では、ARVC・ST上昇(-)群に比べて、非運動時死亡が多く、病理組織学手金は思慕浸潤型が多く見られた。また、前者ではST上昇程度の経時変動が著明で、多形性心室頻拍の出現を多く認めた。このARVC・ST上昇(+)群に見られた右側胸部誘導におけるST上昇、ST上昇度の経時変動、非運動時死亡、多形性心室頻拍の出現、急死などの所見はBrugada症候群と共通する所見である。 

剖検的に診断したAR VCにおけるV1-3どのST上昇(+)群と(-)群との比較
比較項目:死亡時の状況、心筋組織所見、ST上昇度の経時変動、
多形性心室性頻拍出現の有無。
(Corrado D et al: Circulation 2001;103:710)

 下図に安静時に急死したARVC例(36歳、男性)の心電図を示す。本例は完全右脚ブロックと左脚前枝ブロックを有するが、V1-3のST上昇は正に典型的なcoved型のBrugada型心電図所見そのものである。

安静時に急死したARVC例(36歳、男性)
第1度房室ブロック、左脚前枝ブロック、完全右脚ブロック、
BV1-3の著明なST上昇(coved型Brugada心電図)

(Corrado D et al: Circulation 2001;103:710)

 また、下図は安静時に急死したARVC例(上図と同一例、36歳、男性)の心電図の経時変動を示す。Cの心電図記録の3カ月後に急死した。このようなST上昇度の著明な経時変動性もBrugada型心電図の特徴の1つである。

安静時に急死したARVC例の心電図の経時変動
(上図と同一例、36歳、男性)
Cの記録の3カ月後に急死した。
(Corrado D et al: Circulation 2001;103:710)
下図は本例の右室自由壁の組織所見である。右室心外膜下筋層および中層の脂肪変性および線維化による筋層の消失を示す。
上図例の右室自

 このように不整脈源性右室心筋症の一部にはBrugada症候群と共通する臨床病像を示す例がある。このようにいろんな遺伝性不整脈を起こす疾患群は共通要素を持つ場合が多く, overlap症候群と呼ばれる。

9.不整脈源性右室心筋症の診断基準
 不整脈源性右室心筋症の診断基準としては、下表に示すようなWHO/ISHのTask Forceが作成した診断基準(1996)が一般的に用いられている。しかし、この基準をARVC家系の構成員に適用した場合、陽性率が低く、早期例を把握できないのではないかとの危惧が指摘され、より高い感度の診断基準が求められている。

 WHO/ISHのTask Forceが作成した診断基準(1996)とは以下のようなものである。

右室構造変化
/機能変化
大基準 1.右室著明拡大、EF著明低下
2.右室瘤
3.右室の部分拡大
小基準 1.軽度右室拡大・EF低下
2.軽度の右室の部分的拡大
3.軽度の右室の壁運動低下
組織所見 大基準 1.心筋細胞の線維/脂肪変性
再分極異常 小基準 1.V2,3の陰性T波
(>12歳の非右脚ブロック例)
脱分極異常・
伝導障害
大基準 1.V1-3のイプシロン波
2.QRS間隔の局所的延長
(>110msec,V1-3)
小基準 1.心室遅延電位
不整脈 小基準 1.右脚ブロック型心室頻拍
2.心室期外収縮頻発
(>1,000個/24時間)
家族歴 大基準 剖検/手術確認例
小基準 1.ARVCに伴う突然死家族歴(<35歳)
2.ARVCの家族歴
判定:(1)大基準2、(2)大基準1+小基準2,(3)小基準4
(Mckenna WJ  et al:JACC 2002;40:1445-1450)

 Hamidら(2002)は、上記のWHO/ISHのTask Forceが作成した診断基準(1996)を用いて診断したARVC 67例の発端者の第1,2親等の家族298例中32例(11%)にこの基準の単一の小基準を認めた。不整脈源性右室心筋症は常染色体性優性遺伝を示すことから、これらの32例はWHO/ISHのTask Force基準を満たしていないが、ARVCの初期症状である可能性がつよいと考えられる。



 ARVCの家系例に認められた主要な心電図異常の頻度は下表の如くである(Hamid MS et al:JAAC 2002; 40: 1445-1450)。

心電図所見 例数
V2,3の陰性T波 13 41.9
心室遅延電位 10 32.3
非持続性心室頻拍 3.2
左脚ブロック型
心室期外収縮
>200個/24時間
22.6
31 100

 参考までに、わが国で最も優れたホルター心電図に関する書物である斉藤憲・大塚邦明、他:ホルター心電図、基本的知識の整理と新しい見方、医学出版社、東京、2005に記載された正常者における不整脈数墓表の如くである。

項目 年齢 境界数
心拍数 >40歳 >40/分
期外収縮 上室性 <40歳 <10個/日
40-60歳 <100個/日
>60歳 <100個/日
心室性 <50歳 <100個/日
>50歳 <200個/日

 これらの所見を参考にして、HamidらはWHO/ISHのTask Force基準を改定して不整脈源性右室心筋症の1親等の家系者のための下表のような診断基準を作成した。

この基準は、本症の家族例における保因者を早期に診断する上で有用な診断基準であると思われる。

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